朝日ぐんまって?
朝日フォトコン
コラム 
記者の目
水木さん [8月27日号]

 「面談、30分厳守」。NHKの『ゲゲゲの女房』で、水木しげるさん宅にこんな張り紙を見つけ、懐かしさがあふれた。先の大戦の開戦から半世紀になる1991年、水木さんを東京・調布の仕事場に訪ねた時も、来客の目を引く場所にその紙は掲げてあった。
 水木さんの戦中戦後を連載記事にまとめるための取材だった。故郷の鳥取・境港で召集され、陸軍2等兵としてラバウルへ。爆撃で左手を失っての生還。極貧の紙芝居作家から『ゲゲゲの鬼太郎』で一躍、人気漫画家に。波瀾万丈の歩みは『ゲゲゲの女房』が描く通りだ。
 水木さんは当時69歳。多忙を極める売れっ子に、苦難の半生を語ってもらおうというのである。水木さんは持ち前のゆったりしたペースで語り始めたが、当方はどうにも「面談30分」の張り紙が気になって仕方がない。「それで」「そして」と先を促すたびに、水木さんはニヤーッと笑い、決して急ごうとしない。若い記者を「そうせかしなさんな」とたしなめるように。
 結局、数時間に及んだ取材のなかで、水木さんの表情が最も輝いたのは、戦後も続くラバウルの島の人たちとの交流に触れた時だった。自由に寝て、起きて、あくびをして。戦争という不条理とは対極にある、熱帯ののびやかな人と自然へのあこがれ。それは水木さんが妖怪への感性を養った古里の風物とも溶け合って、『鬼太郎』『河童の三平』をはじめ水木マンガのなかで永遠の生命を得た。(前橋総局長・恵村順一郎)


夏バテ防止 [8月20日号]

 炎天下の町を出歩いていると、頭がぼーっとしてきた。あわてて清涼飲料水を買って飲み干すと、まさに体に吸い込まれていくような感じがした。熱中症一歩手前だったのかもしれない。以来、夏バテ防止に励行している日課が、おすそ分けでたくさんいただいた梅干しを1日1個食べることだ。
 いつもの公園での朝のジョギングで汗をたっぷりかいたあと、シャワーを浴びて部屋を出がけにポンと口に放り込む。総局まで自転車をこぎながら口の中でコロコロ転がす。塩分の補給はもちろん、気分もスッキリして一挙両得である。
 梅干しと言えば、思い出すのが少年時代に愛読した『どくとるマンボウ航海記』(新潮文庫)。1958年、船医として半年間の航海に出た北杜夫さんのささやかな楽しみが、友人に贈られた梅干しだったそうだ。その食べ方は「苦心の末梅干しのタネを割り、中にはいっている胚珠を食べる」といささか奇妙なのだが、共感するのは「私は彼(友人)が大袋一杯の梅干しを持ってきたときには、また荷物がふえたかと仰天したものだが、今は彼とこの食品を発明してくれた古代の人々に感謝の祈りを捧げた」というくだりである。
 今では海外旅行に梅干しを欠かさないという人は多いと聞くが、当方はそれほど長い旅とは縁遠い。その代わりと言っては何だが、全国有数の漬物の産地である群馬で、梅干しのパワーを再認識させてもらったことは何かの縁なのだろう。(前橋総局長・恵村順一郎)


選手のケア [8月13日号]

 前橋商の甲子園での快勝をアルプス席で応援した。7回、スタンドに緊張感が走った。エース野口亮太君が左ひざに死球を受けた。仲間の肩を借りてベンチに下がる野口君に、不安の視線が集まる。だが、野口君は治療を受けて間もなく投球練習を開始。こんどは安心のため息が広がった。
 こうしたけがの治療にとどまらず、甲子園では15年前から理学療法士らメディカルスタッフが選手のケアの手助けに力を注いでいる。投手の肩やひじを守る試合後のアイシング。マッサージやストレッチ。選手たちがベストの状態で試合に臨めるよう、故障予防や疲労回復を支援しているのだ。
 実は、群馬は県レベルで充実したサポート体制を持っている「先進地」として知られるのだそうだ。今年の群馬大会では110人の医師や理学療法士らがメディカルスタッフに名を連ね、交代で球場に詰めて下さった。負担の大きい投手への試合後のクーリングダウンを見学させてもらった。一対一で首、肩、ひじ、腰から足まで時間をかけてほぐしていく。「痛いところはない?」「君は足首が柔らかいね」。会話の中で選手の状態を確かめながら。
 アイシングもちんぷんかんぷん、練習中の水分補給さえはばかった我が高校時代には想像もできなかった様変わりである。高校野球で燃え尽きるのではなく、大学や社会人、プロなどで長く野球を続ける選手たちのためにも、素晴らしい変化だと思う。(前橋総局長・恵村順一郎)