朝日ぐんまって?
朝日フォトコン
コラム 
上州日和
チキンライス [2月24日号]

 家の都合で土日の夕食を作っている。独身なら缶詰だけという手もあるが、子供たちに学校で話題にされても困るので、手をかけるようにしている。先日はチキンライス。大半の料理は学生時代の習得だが、これは社会人になってからだ。
 塾勤めの時、シンガポールからの帰国生が入塾した。受験期の転校で動揺したらしく、寡黙で学校にも慣れていないと聞いた。何かきっかけを、と開いた観光ガイドにあったのがチキンライス。日本の赤いご飯とは違い、黄色いご飯に鶏の切り身が乗る。
 「現地日本人の大好物」らしい。それを話題にしたとたん、彼の目は輝き、様々なことを話してくれた。チキンライスは「1日3食1週間続いても飽きない」という。だがうまいという話ばかりで作り方は知らないらしい。
 ならば、とインターネットで検索。無数のレシピから簡単そうな部分をつまみ読みした。鶏肉をゆでて、ゆで汁で米を炊き、余りをスープ、鶏をおかずにするので捨てるものが無い。難しい材料も手間もいらず、いつの間にか3品そろう。簡略化したので「もどき」だろうが味は上々。人気メニューの一つとして、今も食卓に上っている。(池田)

「簡易版チキンライス」
【材料】2〜3個入りパックの鶏胸肉、ショウガ、ニンニク、長ネギ、ゴマ油、しょうゆ、サラダ油、塩、米(キュウリやトマト、ニンジンなどもあると可)。
【作り方】鶏肉が十分浸せるほどの水を入れた鍋に、ショウガを親指大より少し多めにすりおろし、ぶつ切りにした2本分の長ネギを入れて煮立てる。
 沸騰したら鶏を入れて15分ゆでる。しょうゆとゴマ油を同量混ぜてたれを作り、ゆで上がった鶏の皮に塗り、深皿にひっくり返しておく。
 ニンニクを2〜3片刻んでフライパンでいため、色が変わる前に、洗った生米2〜3合を加え、さらに炒めて油をなじませる(こがすとこげくさい)。炊飯釜に移し、米と同量の鶏のゆで汁で炊く(きちんと計ったほうがよい)。
 余ったゆで汁に冷蔵庫の残り野菜(キノコ、ジャガイモなどもおいしい)などを加え、塩とコショウで味付けしスープを作る(味見して、今ひとつだったらコンソメやガラスープの素などを入れても可)。
 ショウガとニンニクを2:1くらいの割合ですりおろし、塩を加え、サラダ油で伸ばし、薬味を作る。
 鶏をスライスし(深皿に残ったたれは回収して再利用!)、たれと薬味で炊き立てのご飯とともに食べる。
 たれにはぶつ切りのキュウリや薄くスライスしたニンジンも合う。残ったご飯と鶏肉は炒り卵などを加えてチャーハンに、余った薬味とたれは焼き肉にも使える。


バナナ [2月17日号]

 実家の庭には、柿やイチジクなどの木があり、イチゴも植わっていた。季節ごとに果物が味わえた。だから子供の頃、買う果物といえばミカン程度だった。冬は「こたつでミカン」が日常だった。
 最近になって、果物消費量で「バナナがミカンを抜いた」と聞いた。四十歳代後半以上の方なら、バナナへの思い入れはひときわ強いのでは?
 昔、1本のバナナを兄弟3人で奪い合った思い出がある。母が3等分してくれたが、それでも「そっちが大っきい」とけんかになった。それほどバナナは貴重で高根の花だった。東京オリンピック(1964年)の頃には、ようやく「1人1本」になって感動した記憶もある。
 それが、貧乏生活を送った学生時代には、完熟してくたびれたバナナ7、8本がひと山100円で売られていて、1食をそれで過ごしたことが何度もあるほどポピュラーになっていた。「貴重な」バナナへの思いは忘れていた。
 社会が経済至上主義へと突進している中で、自身も日常の忙しさにかまけて、食べ物への思い入れや家族とのふれあいなど、多くの事を忘れていた。
 バナナが思い出させてくれた。(南保)


前橋と高崎 [2月10日号]

 5年前に前橋から高崎に引っ越した。生まれも育ちも前橋。何かと比較されがちな、お隣・高崎に住むのは少々抵抗があった。
 親の仕事で中学までを前橋の中心商店街で過ごした。親しんだ街への愛着からか、郊外へ移ってからも高崎より前橋に出かけることが多かった。
 引っ越し後は、利便性から高崎駅周辺に行く回数が増えた。人気のカフェに、大型CDショップ…前橋にないものばかり。街を歩くのが確かに楽しい。高崎が身近になった。周辺の開発も続々と進み、今後の発展が待ち遠しい。 
 一方の前橋だが、繁華街の落ち込みが最近、特に加速しているように感じる。商店街は空き店舗のシャッターが増え続け、企業向けテナントビルは「もぬけの殻」。もはや時代の流れは止められないようだ。
 先月23日の合併で高崎市の総人口は、前橋市に迫っている。人口面でも県下最大都市になるのは時間の問題という。人口や中心部の活況が、市の評価のすべてではないことは理解しているが、街の魅力という点で、両市の「差」は明らかだ。
 この5年間で、前橋生まれのプライドは薄れた。いまは、県都の再生を願いながらも、すっかり高崎市民になりきっている。(伊藤)


晴れ晴れした哀しみ [2月3日号]

 抜けるような青空と風のさざめき?先日、前橋で上映された「チーズとうじ虫」を見て、爽やかな映像と軽やかな音に心が和んだ。とはいえ内容はシビア。加藤治代さん(太田)が、母親の闘病生活を記録したドキュメンタリー映画は、全編に渡って死の影が漂う。
 昨年、山形国際ドキュメンタリー映画祭小川紳介賞とナント三大陸映画祭ドキュメンタリー部門金賞を受賞した同作は、母・直美さんと暮らす作者と祖母との日常が、季節の移ろいの中で静かにつづられていく。
 「うじうじ考えてると、死にとっつかまっちゃう。楽しい事いっぱいして思い出いっぱい作って、バイバイってね」この言葉通り、カメラの前の直美さんはいつも元気だ。笑顔は、死の直前まで消えない。家族の表情も穏やかだ。晴れ晴れした哀しみ?そんな飄々とした空気が画面を包む。
 では、辛くなかったかというと決してそうではない。上映後、加藤監督は明かす。「母が本当に苦しんでいる時、カメラを向けられなかった」。一番シンドイ場面がないからこそ、各々の心の痛みが強く伝わってくる。
 笑顔と豊かな自然に満ちた作品は今後、東京やスイスで上映される。(中島)


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