朝日ぐんまって?
朝日フォトコン
コラム 
上州日和
ミラー [4月28日号]

 通勤途中に、見通しの悪いT字路がある。信号機はなく、正面に左右確認用のミラーが設置されている。
 3年前にそこで接触事故を起こしてしまった。一時停止後、ミラーで安全確認をして右折したつもりだったが、右から直進車が来ていた。互いのバンパーの接触で済んだことが不幸中の幸いだった。明らかな自分の確認不足だったので、相手にはすぐにおわびした。
 ミラーで確認したはずだったのに…。翌日、ミラーをよく見たら、角度が大きくズレていて手前が死角になっていた。もちろん自分の不注意が事故原因であることに間違いはないが、角度のズレには納得が行かなかった。誰かが意図的にやったのではと疑心暗鬼になったりもした。それ以来、ミラーに頼ることをやめ、必ず自分の目で入念に確認するようになった。
 間接的に見るものは、しっかりとした判断を伴わないと「危険」に遭遇する可能性がある。これは運転だけではなく、仕事や日常生活にも言えることかもしれない。テレビ、新聞、インターネット…「フィルター」を通じて届く多くの情報に振り回されないよう、自分の「目」を養っていかなければと思う。T字路での事故が自分にとって教訓になっている。(伊藤)


全力投球のロック [4月21日号]

 最近、気になるミュージシャンがいる。3人組のバンド「サンボマスター」だ。昨年のTVドラマ電車男の主題歌を歌っていたバンドと言えば分かる人も多いだろう。彼らと出会ったのは、昨夏のロックフェスティバル。「あんたがたは、間違ってない!」曲の合間にボーカル山口隆が発した絶叫ともつかない叫びは、今も耳に残っている。何が間違ってないのかさっぱり分からなかったが、他者を肯定する言葉は心に深く響いた。先日、3作目のアルバム「僕と君の全てをロックンロールと呼べ」を買った。ヒット主題歌を含む18曲75分の超大作だ。全力投球のロックは時に激しく、時に優しく、時に切ない。「分かち合うことの喜びは、あなた自身で確かめて」(手紙)「愛しさは心の壁を越えて降り積もるんだ」(愛しさと心の壁)- 山口が放つ言葉は、恥ずかしいくらいにストレートだ。来月、彼らは入魂のアルバムを引っさげ高崎でライブを行う。もちろん、チケットは購入済みだ。疾走感あふれる音と温もりある詞を生で聴き、ポジティブパワーを再びもらいたいと思う。(中島)


 [4月14日号]

 洗濯物を干しながら、ベランダから見える神社の桜を眺める。息をのむ美しさだ。そして、「今年も調子がいいぞ」と、心の中でつぶやく。
 私にとっての桜は、心を表すバロメーター。もちろん、天候によって花の美しさは左右されるが、きれいと素直に眺められる時は、心が健康な証拠。逆に、桜の美しさに気押されてしまい、目にしたくない時は、悲しいことを乗り越えられず気持ちが不安定な印だ。
 近年、桜をどういう気持ちで見るかが大切になった。今年は穏やかな気持ちで眺めている。充実の春を迎えたようだ。
 英国に住む知人は、ガイドブックで紹介されていた「桜の下で飲食するお花見」を体験してみたいと言っていた。短期間の旅行で開花時期に合わせるのは難しく、まだ実現していない。絶好の状態で見られる期間の短さが、より一層、桜を魅力的にしているのだろう。
 ベランダ越しの桜は害虫の被害で、今年の開花を最後に残らず伐採すると聞いた。この桜も見納め…。最後かと思うと、洗濯物を干す手もついつい止まってしまう。(餅原)


「夢中」は上達の糧 [4月7日号]

 家族で春スキーに出かけた。小学生の子らはまだ2回目だが、何度転んでも、うれしそうで、疲れてふらついているのに「もう1回」をせがんだ。
 大学時代に雪国育ちの友人に誘われたのが私の初スキー。ゲレンデでは、すぐリフトに乗せられ、山頂に放置された。転んだり、やぶに突っ込んだりで半日かけて下山した時には、どうにか滑れるようになっていた。すっかり夢中になってしまい、その週には自分の用具をそろえてしまった。
 限られた収入を少しでもスキーに回すべく自炊を開始。寮仲間に有料で提供して自分の食費を浮かせた。スキー場へは最終の鈍行で出かけて駅で仮眠。無料の送迎バスを待った。日帰りが多かったが、駅の待合室で2泊したこともある。苦労は多くても、少しずつ滑れるコースが増えていくのがうれしかった。
 スキーからは「夢中になって取り組めば上達する」ということを学んだ気がする。どんなことでも面白いと感じる時が伸びる時だ。自信がないと尻込みしていては先へ進めない。
 子らが今後、何に興味を持つかは分からないが、好きなものに出合ったときには、精いっぱい応援しようと思っている。(池田)


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