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最近中学時代の記憶が強烈によみがえっている。
父の転勤で中学入学時に九州から茨城県鹿島に移った。臨海工業地帯の黎明期で新入生の半数が私と同じ転勤族。その中に東京から来た大きな瞳の聡明な子がいた。将来の夢を問う教師に、迷わず「女優」と返して動機を続け、将来など考えてもいなかった中1の自分は少なからず衝撃を受けた。
当時は芸能人をまねて冗談を言うのが流行していた。人を笑わせるのは面白い。特に彼女が笑った時は痛快で、友らと競って笑わせたものだ。だが楽しい日々も長くは続かず、工場群が完成すると転勤族の転校が始まり、自分もやがて九州に戻った。その後彼女は夢を追い、東京の劇団へ。都内に進学、就職した私にも公演の案内が届き、たびたび見に行った。ある時舞台の感想を求められ「喜劇は好きだが、シリアスな作品は疲れる」と答えてから音信が途絶え、自分の無遠慮さを悔やんでいた。その彼女がお笑いタレントとしてテレビに出ている。
明るい笑顔は昔通りだが最後に会って20年。相当の苦労もしのばれる。機会を逃さず夢に近づいて欲しい。それにしても笑わせる側とは予想外。テレビを前に頭をかく旧友たちの姿も見える気がする。(池田)

ある主婦から「ためた雨水や米のとぎ汁をプランターの花にやってるんだけど、こんなこともエコって言えるのかしら」とつぶやかれた。筆者は「もちろんエコでしょ。何かの役に立っている、と思える暮らし方が自分にとって快適なのでは?」と返した。
彼女は「電気をこまめに消すのは電気代を抑えるより『環境を守る』方に比重があるのよね。ささやかな事だけど最近、それが『快適な暮らし』と思えるようになってきたの」とニコニコ話す。
思えば洗濯機やエアコンなど全自動家電が増え、インターネットや携帯電話も普及し、暮らしは随分便利になったが、それが本当に快適になったかと問われれば、「ウ〜ン」とうなってしまう。「ユビキタス社会で便利になる」と言われるが、そんなに便利になって本当に快適なの? と自らに問いかけてしまう。
この主婦のように、自己満足かもしれないけど労力を使っても「何か(誰か)の役に立っている」と実感できるのが心の快適につながってくるのだろう。
恐ろしいスピードで変化する社会の中で、あえてゆくり歩けば真の快適さが見えてくる。そんなヒントを主婦からもらった。(南保)

県立敷島陸上競技場(以下「敷島」)の愛称が6月から変わるという。県は、財源確保の一環としてネーミングライツ(施設命名権)の販売を決定、今春からスポンサーを募集した。そして、趣旨に賛同した企業が「敷島」の命名権を買い取ることが先日発表された。
国内でのネーミングライツ事業は5年ほど前から急速に広がり、各地の競技場や野球場に、○○スタジアムや○○ドームなど、企業名がつくようになった。
今回もこの延長上で、「敷島」のネーミングライツ売却も世間一般の“流れ”だ。だが、一県民としては、今回の契約金額に不満を覚える。当初、県の希望は、年間1千万円以上の6年契約だった。それが、年間700万円の3年契約へと“減額”された。報道によると、手を挙げたスポンサーが1社のみだったことなどから配慮されたという。これは他県施設と比較すれば破格の安さだ。
700万という額は、県予算約6500億のわずか0・0011%。年収500万の家庭に置き換えると54円の計算だ。「敷島」という看板が投げ売りされた印象を受ける。希望金額に届かなかったのであれば、県民に定着した名称を残すという選択肢もあったのではないか。(伊藤)

春の風物詩と言えば、爛漫の桜か花粉症か、はたまたピカピカの1年生か。人それぞれだろうが、私は断然、高崎映画祭だ。街の至るところに張られたポスターを見るたびに「あぁ春だなあ」としみじみ感じる。
パンフレットを手に入れ、赤ペン片手に気になる作品をチェックするのが毎年のお約束。行けるかどうかは後回し。「どの作品を見ようかな」とあれこれ悩む時間が楽しいのだ。
高崎映画祭の良いところは、見逃した作品が見られるだけでなく未知の作品との出合いを提供してくれるところ。上映だけではない。華やかな銀幕の世界と監督などの素顔を垣間見せてくれる授賞式は、ファンにとって夢のような催し。過去何度か参加したが、今をトキメク俳優たちの輝くばかりのオーラに圧倒されたのを今でも覚えている。
「映画ファンによる、映画ファンのための映画祭」を掲げスタートした同祭。22回目の今年も県内外から多くのファンが詰めかけている。13日までの期間中、話題作が目白押しだ。私はドキュメンタリー映画「ひめゆり」(5日)と「ロストロポーヴィチ人生の祭典」(4、5、8日)、ファンタジー映画「パンズ・ラビリンス」(13日)を見ようと思っている。(中島)

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