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取材で長年お世話になっていた自治体職員が、観光担当から財政関係の部署へ異動になった。係は「収税」。滞納している税金などを“取り立てる”役だ。
収税額はきちんと数字に表れる。どの自治体も財政がひっ迫し、議会でも追及されるから担当者は気を抜けない。固定資産税などは土地所有者が県外に住む場合もあり、悪質な場合は出張することも。旅費も計算し「費用対効果」を考慮しないと決められない。電車賃をかけました、払ってもらえませんでした、では済まされない。
この自治体では年2回、職員を総動員して滞納者の家を回る。狭い地域。当然、幼なじみもいる。「○○ちゃんに言われたんじゃ払わんわけにいかんな」と観念する場合もあるが、その逆のケースも。どの滞納者に誰が出向くかは事前の検討が大事になってくる。
「払えないなら待つかアドバイスするんですが、最近はおカネがあるのに払わないケースが増えてるんで困るんですよ」と担当者が嘆くのも分かる。
税金が高いと思うのは筆者だけではないが、そのカネが社会のシステムを支えているのも事実。税の行方をチェックするのは大切と同時に、逃げ得を見逃すわけにはいかない。(南保)

先日、空いた時間を利用して過去に自分が書いた記事を読み返してみた。この仕事について約8年。記事は大小を含めるとかなりの量に達していた。
過去の紙面をめくっていくと、取材したときの風景や心境がよみがえってくる。入社当時のフレッシュな気持ちに戻れたことは事実だが、自分で納得できる記事はわずかで、残りは読んでいて恥ずかしくなるようなものばかり。出来ることなら書き直したいものもあった。今だったら、こう書いていたのに…、こういう考えもあるのに…など後悔の連続だった。
そんな折、とある番組で歌手・竹内まりやさんのトークを聴く機会があった。活動30周年にあたる今年、デビュー曲から最新曲までをまとめたベストアルバムを出したらしく、「元気を出して」や「家に帰ろう」など名曲が生まれたときの様子を語っていた。その中で“昔の曲を作り直したりはしない。そのときの自分だから”という趣旨の発言をしていた。もちろん別次元の話であることは間違いないが、少し勇気付けられた。
仕事に限らず後悔は生きている証し。過去の自分を認めた上で、前を向いて歩くことが必要だと思った。(伊藤)

ガウディを始め、ピカソやミロ、カザルスら数多くの天才を生み出してきた国スペイン。前々から行ってみたいと思っていたが今夏、遂に念願が叶った。ガウディ建築の奇天烈さに度肝を抜かれ、ピカソ絵画の大胆さに心奪われた。
サグラダ・ファミリアもゲルニカも素晴らしかったが、何よりも衝撃的だったのはそこに暮らす人々の型にハマらない豪快さと奔放っぷり。超ミニのド派手ワンピで街を闊歩するおばあさん、地下鉄で急に歌い出すギター弾き、本を読みふけっている美術館監視員、サッカー中継に夢中で会計を忘れているウエーター…だが、こんなのは序の口。
もっとすごいのは、愛を確かめ合うカップルが街中にあふれていることだ。若い男女なら日本でも珍しくないが、こちらは老いも若きも同性同士も、あらゆる組み合わせがイチャイチャしているのだ。「おっ男同士!」最初は感慨深いものがあったが、帰国する頃にはすっかり慣れた。
当のカップルも周りの人も実に幸せそうで楽しそう。まさにラテンといった感じで見ているこちらも元気になる。数日の滞在だったが、芸術の国、情熱の国、そしてアモール(=愛)の国であることをシミジミ実感した旅だった。(中島)

半世紀余り生きてきて健診で初めて胃カメラを飲んだ。
経験ある数人から事前に情報収集したところでは、「鼻から入れたから平気だった」「口からだけど痛みは全くないよ」とのこと。筆者は「昔と違い、医療機器もずいぶん進化したんだ」と、鼻歌交じりに病院へ向かった。
カメラを飲む前にスプレーで3回、のどの奥に麻酔をかけられた。「診察台へどうぞ」の声に促されて横になると早速、胃カメラが口に挿入された。いきなり吐き気に襲われる。食道を通って胃へ、さらに十二指腸へ。吐き気は強まるばかり。看護師さんは気の毒がり「少し辛抱して下さいね」と優しくいたわりながら背中をさすってくれる。かたやカメラを操る医師は、ねぎらいの言葉をかけつつも、職務に忠実にカメラを押し込んでくる。この間、筆者は「話が違うじゃないか」と憤るものの、自身ではどうしようもない。
ようやく診察が終わり、鮮やかな画像を前に医師から「異常はありませんね」と言われひと安心。
だが。病による痛みはしょうがないとしても、病気でもないのに痛みに耐えなくてはならない。何だか理不尽な気がする。これって我がまま?(南保)

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