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8日付1面で「森 もっと生かそう」の記事を見た知人から電話が入った。
森に詳しい彼いわく「歩く楽しみだけでなく、森は宝の山。山菜、キノコのほかにも、例えば今が旬のチシマザサ(=根曲がり竹)のタケノコは絶品。ナマでも火にあぶってもうまい。高級料亭が欲しがるが品薄で仕入れできないほど。葉は薬用にもなる。これからはブルーベリーやヤマブドウ、ヤマボウシなど11月まで実りが続く」…。お宝の解説が次々飛び出す。
もちろん、山から勝手にモノを持ち出すのはご法度。彼は「国や自治体から森を借りる。一方でシルバー人材を生かすんさ。小遣いとしては十分な稼ぎになる。山を相手に活動すれば健康にもいい。自治体かNPOが旗振り役を務めてくれないかなぁ」と、本気で考えている。昔は無数にあった森の活用法が、今や高齢者の間でも忘れられつつある。お年寄りから聞き出すことも宝を生かす大切な作業だろう。
温暖化防止で海外では伐採が難しくなるとか。8割を外材に頼っている日本はピンチになること必至。木材に限らず森の恵みを余すところなく活用するシステムを、今から築き始めないと…と思いつつ受話器を置いた。(南保)

ちょっと前のことだが1時間ほどのインタビュー取材を終えて、心臓が止まりそうになった。
録音していたはずのICレコーダーが動いていなかったのだ。どうやら録音ボタンと間違えて他のボタンを押してしまったらしい。
まさかもう一度同じ話を聞かせてくださいとは言えない。ささやかに取材対象者にお礼を行って、その場から立ち去ったが、すぐに冷や汗が流れ出てきた。
テープも要らず長時間デジタル録音できるICレコーダーは、確かに便利だ。しかし、便利な分、失敗も多い。機械音がないため作動しているかどうかが分からない。また、操作ミスをするとデータが一瞬にして跡形もなく消えてしまう。
そんなとき、すがる思いで助けを求めるのは「記憶」だ。脳は窮地に追い込まれると、脅威の能力を発揮することがある(気がする)。一つひとつの会話をたどっていくと、完璧とは言わないまでも大筋は“修復”が可能だ。そのときも、頭の中の隅々まで掃除機をかけて何とか思い出せた。
過去に何度も痛い目に遭っているが、なぜか繰り返してしまう録音ミス。これ以上続くと寿命が縮まりそうなので、次回からはICレコーダーを2つ用意したいと思う。(伊藤)

初めて阿修羅を見たのは高校の修学旅行の時。が、その時の記憶はほとんどない。奈良に到着するや否や風邪でダウン。頭が朦朧としていてはっきり言って阿修羅どころではなかった。
2回目は07年秋。前回のリベンジとばかりに、真っ先に興福寺へ向かった。万全の体調でいざご対面。ガラス越しの阿修羅はちょっぴりヨソヨソしかったが、少年とも少女ともつかない中性的な美しさにすっかり魅せられてしまった。
そして今春。東京国立博物館で開催中の「国宝阿修羅展」(〜6月7日)で3度目の再会を果たす。混雑が緩和する閉館1時間前を狙って入場。国宝十大弟子像をさっと眺め足早に奥へと進んだ。ほの暗い展示室中央、ステージ上の阿修羅は全体を照らす薄オレンジ色の光もあって、この世のものとは思えない神々しさ。
正面の憂いを帯びた瞳、右面の唇を噛んだ険しい顔つき、左面の凛とした穏やかな表情?ガラスケースの無い、360度全方向からの眺めは素晴らしく、いつまでも見飽きることがなかった。が、無常にも閉館時間。後ろ髪を引かれる思いで会場を後にした。多面的な魅力を見せてくれた阿修羅。4度目に会う時も、きっと新鮮な感動を与えてくれるに違いない。(中島)

結婚式に参列した。
厳かな式典に続き、両家親族がそろって集合写真へ。立ち位置を決めたり衣装や髪を整えたり…和やかな中で進行していた。
全員の準備が整ってカメラマンがシャッターを押そうとした瞬間、母親に抱っこされた2歳になる女の子が「ママ、おんぶ」と、激しいおねだりを始めた。「ちょっとの我慢ね」となだめても聞く耳持たず「おんぶ、おんぶ」とエスカレートするばかり。見かねた女性アシスタントが張りのある声で「ハーイ、これは何かな?」と言いつつ、取り出したのが身長30cmのアンパンマンの縫いぐるみ。
女の子のおねだりはピタリと止み、カメラの真上に掲げられた人形を食い入るように見つめている。カメラマンは間髪を容れず「ハイ撮りま〜す」。パチリ。
女性アシスタントの手際の良さもさることながら、「アンパンマンの威力は絶大だね」と全員がしばし感動に浸った。
やなせたかしさんが約40年前に生み出した国民的キャラクターで「アンパンマンミュージアム」まであるという。やなせさんの偉大さを再認識した。
当の女の子はパーティーの間、アンパンマンを隣に座らせて終始ご機嫌だった。(南保)

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