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先日、社へ戻る途中、見慣れない光景に遭遇した。「視覚障害」「伴走」と書かれたゼッケンを付けた2人組のランナー。その場で取材を申し込んだ。日を改め、彼らが所属するランウオークサークル・ランモード群馬の練習場を訪ねた。
見えない人が見える人とペアになって走る。2人をつなぐのは輪状のロープ。阪神カラーの黒黄ストライプもあれば愛らしい水玉模様も。各自の個性が光る。「やりませんか?」。視覚障害者の浜田幸一・聖子夫妻に誘われ伴走に初挑戦。
二人三脚の要領で走るのだが、これが結構難しい。手足がバラバラになったり段差の指示を忘れたり。が、5分もすると慣れてくる。息がピッタリ合った時など実に爽快だ。「しょっちゅうコケる」「明暗どっちの世界も良いね」。見えない人との会話も楽しい。
「命預けてます(笑)」浜田夫妻が言うように、伴走者の責任は重大。でも、頼られているという充実感は大きな喜びを与えてくれる。互いが無くてはならない存在だと気付く。「信頼の輪」でつながった体と心が、ジンワリ温かくなるのを感じた。相手を思いやることの大切さ、喜びを分かち合うことの素晴らしさ?初めての伴走は多くのことを教えてくれた。(中島)

随分前のことだが、長年の住民の反対で進まなかった区画整理事業が、ようやく話がまとまり着工した。しばらくしてある理由で自治体側から「中止」の説明会が開かれた。その説明会を取材したことがある。
住民の多くは中高年。いわく「もめた区画整理だったが、やっと納得して住宅を移して…夫婦で老後の暮らし方を決めたばかり。一体この先、どうしろというんだ」?。人でぎっしり埋まった公民館で、自治体幹部に涙ながらに詰め寄るシーンが延々と続いた。経済の側面ももちろんだが、それ以上に精神的にずたずたにされた様子が痛いほど伝わってきた。
今回の八ツ場ダム問題は直接取材しておらず、情報は新聞、テレビでしか得ていない。しかし、行政にほんろうされる住民の苦難は、察するに余りある。ダムに比べたら区画整理の規模は小さい。だが、一人ひとりの住民にとっては人生を大きく左右される切実な問題であり、その深刻さに違いはない。
行政マシンは、施策がいったん動き出すとよほどのことがない限り止めるすべを持たない、と言われる。為政者は、十分認識して税金の使い道を考えてほしい、と改めて思った。(南保)

先日、百貨店の雑貨フロアを当てもなくぶらついていると、とあるコーナーに多く人が集まっていた。気になったので立ち寄って見てみると、来年の手帳が所狭しと並べられていた。
シャレた体裁のダイアリーやお偉いさんが使いそうな厚手の手帳…。自分は差し替え式のシステム手帳を使うため毎年手帳選びをすることはないが、見ているだけで楽しくなった。
それにしても随分と早い時期から来年用を買い求めるものだと思っていたら、最近の手帳は1〜12月の1年分だけではなく、前後半年分くらいも用意されていて、中には3年分くらいがまとまったものもあった。
真っ白な手帳を何気なくめくっていたら、当日の日付と出くわした。ふと我に返ると、今年も3カ月しかないことを認識させられた。今年こそは、と自分なりに目標を立てて09年を迎えたはずだが、何ひとつできないまま秋になってしまった。
「貧しく、若く、志のあるものが大事を為す」。何かの本で見つけて以来、システム手帳の最初のページに書き留めている言葉だ。残り3カ月、「志」の意味を考えながら自分自身と向き合いたいと思う。(伊藤)

あしかがフラワーパークに行った。鮮やかなピンクや紫のスイレンの花が水辺に浮いていて美しい。藤の花で有名な同園は、春には300本以上の藤が見事な花を咲かせるそうだ。
園の奥に進むと足元に銀杏が転がっていた。「庭園にしては珍しいな」と完熟している実を慎重に摘まむ。あの独特なにおいが鼻を刺激した。と同時に昔小さい頃、祖母と銀杏採りをした記憶がよみがえってきた。
何歳だったか定かではない。テレビの台風報道にあきあきして雨戸を閉めて眠った翌朝、「割りばしとバケツを持っておいで」と祖母に起こされ、近くの神社に連れて行かれた。境内の中ほどにイチョウの大木があり、黄色の葉や銀杏がたくさん落ちていた。中にはまだ青かったり枝ごと折れているものもあったが、くさい実を割りばしで一つずつ拾いブリキのバケツに入れた。よく水洗いした後、何日か乾燥させてフライパンでいって皮をむき、茶わん蒸しの具になった。
子どもの私が祖母の手助けになったとは思えないし、周りで遊んでいただけだったと思う。しかし銀杏のにおいは亡き祖母との大切な思い出を呼び覚ましてくれた。不思議だがその時、独特なにおいは「香り」になった。(谷)

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