オクマン山古墳 [鷹匠埴輪](Vol.13)

鷹狩りは支配者層の特権

左手に鷹が乗っているオクマン山古墳出土の鷹匠埴輪。鈴は居場所を確認するために付ける

「鷹匠埴輪」は、飼いならした鷹を放って鳥などを捕える男性を表現した全身像の埴輪です。

高さは約147㌢。左手には尾に鈴を付けた全長15センチ程の鷹を止め、巾広の鍔のある帽子をかぶり、肩まで垂らした美豆良を結い、耳環をしています。衣服のすその縁に鋸歯文(のこぎりの歯のような幾何学文様)を施した袴を着け、腰には大帯をしめています。正装した人物は相当高い位であったと思われ、鷹狩りが、支配者層の狩猟行事であったことを物語っています。

人物の表現は言うに及ばず、尾の鈴や、弓具の鞆、餌を入れていたと思われる編み籠など細部に至るまで巧みに造られています。当時の鷹狩りの様子をよく表しており、市の重要文化財にも指定されています。

鷹匠埴輪は太田市城西町に所在した「オクマン山古墳」から出土しました。古墳の大きさは直径36㍍。墳丘は2段ないしは3段に築造され、葺石が施されていました。現在は開発により消滅し、残念ながらその姿を見ることは出来ませんが、1938(昭和13)年刊行の「上毛古墳総覧」には、「宝泉村 第1号オクマン山」と記載され、同町周辺にある「脇屋古墳群」の中核をなしていたと考えられています。

1950、70、73、2000、01年と、計5回の発掘調査が行われ、これまでに鷹匠埴輪のほか、飾り馬・鍬を担いだ男子・家・太刀・盾・靫・翳などの形象埴輪が多く出土。これらの特徴などから古墳の造られた時期は6世紀後半だと推定されます。

出土品は当館で常設展示しているので、鷹の鈴や鷹匠の服装など間近で見て楽しんでください。

太田市立新田荘歴史資料館 主任専門員
須永 光一 さん

すなが・こういち/1959年群馬県生まれ。82年3月國學院大學文学部史学科卒業。82年4月尾島町に入職し、埋蔵文化財を担当。2005年の市町村合併後は、太田市の職員となり、文化財課・歴史施設課勤務。19年3月定年退職、同4月より現職。

きてみて
太田市立新田荘歴史資料館
太田市世良田町3113-9/0276-52-2215/午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)/一般200円(中学生以下無料)/月曜休館(月曜が休日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)

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