ジャズピアニスト 山中千尋 さん

「うれしいというか、ホッとするというか。大きな家族の前で演奏しているような感じですね」 9月22日、太田公演を終え晴れやかな表情を見せる山中さん=太田市新田文化会館

独自の表現を絶えず追求

ジャズってこんなにも自由なんだって面白がってもらえるよう、これからも冒険を続けたい

 

【音楽活動の原点と対峙】

「エリーゼが好きなのは分かるけれどベートーベンは頑張りすぎ。なので、ちょっと脱力した感じにしてみました」 9月に太田で開かれた凱旋ライブ。軽妙なトークと共に「エリーゼのために」「トルコ行進曲」などを大胆かつクールに解体、再構築してみせた。今夏、リリースした新作「モルト・カンタービレ」を携えての全国ツアーで太田を含む全8公演を行った。新作ではクラシックの名曲を素材とした10曲を収録。それまで「大作曲家の音楽をいじることに抵抗があった」というがファーストアルバム発売から12年経ち、ようやく音楽活動の原点とも言えるクラシックと対峙できるようになった。「ベートーベンやモーツァルトも当時は即興で演奏していた訳で、同じミュージシャンとして繋がっているんだなと素直に思えたんです。多くの人が慣れ親しんだ曲をただなぞるのではなく、崩したりヒネリを入れながら全く違う音に創り上げる作業は凄くスリリングでしたね」

【アドリブの自由さに魅了】

音楽好きの両親の影響で1歳からピアノを始める。中学卒業後、単身上京。桐朋学園附属高校、大学でクラシックピアノを学んだ後、「アドリブの自由さに魅了され」ジャズに転向。留学先の米国バークリー音楽院では在籍中から注目を集め、多くの著名ミュージシャンと共演を重ねた。「桐朋では音楽の土台となる基礎的な技術や知識、実践主義のバークリーでは表現力やプロデュース力を徹底的に鍛えられた。とにかく本番ありきで弾けなくても舞台に立たされましたから。お陰で恥ずかしいというマインドは一切なくなりました」
同院を首席で卒業後、ニューヨークを拠点に活動を開始。瞬く間に頭角を現し、01年にファーストアルバムを発表。05年にユニバーサルミュージックよりメジャーデビュー、11年には日本人ジャズアーティストとして初めて米レーベル・デッカより全米デビューを果たす。これまでにリリースしたアルバム14枚は全て国内ジャズチャート1位を獲得、日本ゴールドディスク大賞やスイングジャーナル誌ジャズディスク大賞など権威ある賞を総なめにしてきた。

【オリジナルであること】

ジャズ、クラシック、ポップス、ビートルズ、民謡‐あらゆるジャンルの原曲イメージを変幻自在に彩るテクニックは、聴く人を一瞬にして引き込む強さを持つ。演奏、作曲、アレンジで大切にしているのは「オリジナルであること」。他のミュージシャンにはない独自の表現を絶えず追求し続けている。ゆえに郷里への思い入れは人一倍強い。そこに自身のルーツがあるからだ。00年、ジャズ発祥の地ニューオーリンズのコンクールで初披露し優勝を飾った「yagibushi」は彼女の代名詞と言える楽曲だが、それは「自分らしさ」を深く掘り下げた結果生まれた。「自分なりの音楽性をどうアピールするか模索していた時、地元の民謡をジャズ風に編曲したことで個性を確立するきっかけが得られた。以来、群馬や日本のストーリーを織り込んだ作品を意識的に創るようにしています」
地元での音楽活動にも余念がない。毎年のように県内でライブを開くほか、04年からは桐生公演に地元小中学生を招待したり中学校吹奏楽部と合同演奏なども行っている。先月は母校桐生北小の創立140周記念式典に出席。作曲した同小記念歌「夢の船」を自ら演奏し、全校児童の歌声と共に式典を祝った。地元へのフィードバックに力を入れるのは、さらなる成長と飛躍に繋がるからだ。

【多方面で引っ張りだこ】

活躍の場は音楽にとどまらない。昨秋からラジオ出演するほか、今夏にはエッセイ集「ジャズのある風景」を出版。今秋から全国紙と地方紙で連載を始めるなど多方面で引っ張りだこだ。一連の仕事は音楽に大いに役立っている。「ラジオでは間の取り方や抑揚の付け方、呼吸の仕方などを意識しますが、これは演奏に通じる部分が多い。文章を書く場合は、どの言葉を選ぶか、その言葉をどう配置し組み立てていくかが重要で、これは作曲に近いものがある。どちらも多くの気付きを与えてくれます」

【最高のパフォーマンスを提供】

米国、日本、欧州と世界中を飛び回る日々。が、どんな状況でも音楽を楽しむ姿勢は忘れない。「演奏や制作環境と自分のコンディションが100%完璧に整うことはまずない。それでもダメとは絶対言わず与えられた中でベストを尽くす。弾き終わったとたん、次はもっとうまく出来るんじゃないかという気持ちが沸き上がってきてワクワクしますね(笑)」
ツアーやレコーディング以外は他のミュージシャンのライブを聴いたり、美術館を巡ったり、映画や舞台を観るなど、あらゆる表現を貪欲に吸収し感性を研ぎ澄ます。一方、食事と運動による健康管理も怠らない。全ては「自分史上、最高のパフォーマンスを提供するため」だ。ミュージシャンとしての夢はデビュー当時から変わらない。「原曲とガラッと違う風景を見せられるのがジャズの醍醐味。ジャズってこんなにも自由なんだって面白がってもらえるよう、これからも冒険を続けたい」 現在、ツアーやアルバム準備に励む一方、ぐんま観光特使としても活躍中。来月14日には前橋で「山中流」に料理したクラシックの数々を披露する。太田公演同様、会場を熱狂の渦に巻き込むに違いない。

文:中島 美江子
写真:高山 昌典

【プロフィル】Chihiro Yamanaka
桐生出身。桐朋学園大ピアノ科を経て2000年バークリー音楽院を首席で卒業。在学中、ジャズ界の重鎮ジョージ・ラッセルに天賦の才能を激賞される。デビュー以来、世界のジャズシーンをリードする一人として活躍中。ニューヨーク在住。

 

〜山中千尋さんへ10の質問〜

好きなことへの情熱は半端ない

—長所短所は

長所はタフというか、しぶといところかな。好きなことへの情熱は半端ないですね。群馬の女性ですから(笑)。短所は飽きっぽいところ。熱しやすく冷めやすいんです。

—好きな食べ物飲み物は

スイカとトウモロコシ。あと、両毛地域ではお馴染みのジャガイモ入り焼きそば。桐生に帰ると無性に食べたくなります。飲み物は、オーガニック紅茶のダージリンが好き。

—最近、感動したことは

母校・桐生北小学校の記念歌「夢の船」を作曲させて頂いたこと。先月7日に開かれた創立140周年記念式典=写真上=では私のピアノ演奏に合わせ、全校児童が元気よく歌ってくれました。本当にうれしかったですね。

—桐生のオススメは

梅田湖や水道山、桐生が岡公園など。いかにも観光地という感じがしないところが魅力。緑がいっぱいなのも良いですね。

—マイブームは

ラジオ体操を外国人に教えること。手足の動きが複雑らしく、意外と出来ない人が多いんですよね(笑)。

—習慣は

水泳。平泳ぎで1回500〜1キロメートルくらいは泳ぎます。あと、隙間時間を利用してヨガもしています。

—尊敬するミュージシャンは

オスカー・ピーターソン、ハービー・ハンコック、キース・ジャレット、ビル・エヴァンスなど、ジャズミュージシャンは多すぎて一人に絞れない。先日、渡辺貞夫さんと仕事をご一緒させて頂いたのですが、常に挑戦していく姿勢に感銘を受けました。スピリットが若々しくて、やはりタダ者ではないなと(笑)。ジャンルは違いますが久石譲さんや由紀さおりさん、松任谷由実さんなど確固とした独自のスタイルを持っている人も尊敬します。

—好きな日本人アーティストは

高崎出身の日本画家・町田久美さんです。彼女の作品は力強くて大好き。いつか、自分のアルバムジャケットを町田さんに描いてもらうのが夢です。

—いまやりたいことは

映画制作。以前、「ニューヨークフィルムアカデミー」に通っていたのですが、また、映画学校に入って短編を1本撮りたいです。

—愛用の品は

母親が小学校の時に作ってくれた体操着袋と、父親がプレゼントしてくれたGビーズのネックレス=写真下。お守りみたいなもので、あると落ち着く。ツアーの時にも必ず持っていきますね。

 

取材後記
身長150センチメートル。小柄な体を大きく躍動させ、全身全霊で音楽を奏でる。そのサウンドは軽快かつダイナミック。舞台から、ほとばしるパッションがひしひし伝わってくる。「空気を読むとか全然ない(笑)」「大切なのはDo、とにかくやることです」「ハプニングも楽しみたい」 取材中ポジティブな言葉がポンポン飛び出す。実にパワフル。音楽同様、聞いていると元気になる。ジャズピアニストだけでなくエッセイストとしての顔も持つ。来年はアルバムだけでなく、書き下ろしのエッセイ集など2冊を出版するという。音楽と活字、両方で「山中ワールド」を堪能したい。