ノーベル賞の罠[10月12日号]

 日本人研究者のノーベル賞受賞で、にわかに「がん免疫療法」が注目を集めています。知人の患者支援団体代表からは、自分や家族のがん治療に、本庶佑・京都大特別教授の研究から生まれた新しい薬が使えないかという問い合わせが相次いでいる、と悲鳴が届きました。

 画期的な薬も万能でなく、使える患者は限られます。副作用のリスクもある。これらは丁寧に説明するしかない。けれどほかにも、深刻な問題があります。賞に便乗して、多彩な免疫療法の中でも賞の対象とは別の、効果が確認されていない高額な療法を勧めるクリニックや医師です。

 今月7日付の朝日新聞は、こうした「おまじない」のような保険外の療法にだまされないで欲しいと、大型記事を掲載しました。弱みにつけこむ医療には、反対です。ただ、すがりたくなる患者家族の気持ちは理解できます。

 一昨年から小欄で時折書いているように、実弟がステージ4のがんを患っています。当初の余命宣告は「治療しなければ3カ月、治療しても1年」。主治医から「体が動く今のうちに、身辺整理して実家に戻るのが親孝行じゃないですか」とさらっと言われ、絶望の淵に突き落とされました。

 2年たった今、がんは残っていますが、会社勤めを続けながら休日は趣味のスポーツを楽しんでいます。標準治療と呼ばれる、保険適用の治療です。この間、がん医療に詳しい知人に相談し慰められながら、心の均衡を保ちました。それがなければ、どうなったか。薬の開発と並び、必要な心理的サポートがあると痛感します。

(朝日新聞社前橋総局長 岡本峰子)