ピアニスト・前橋市舞台芸術祭音楽監督 菊池 洋子 さん

ピアノリサイタルで菊池さんが実際に演奏するフォルテピアノ(全5回のうち10月27、28日のみ)。「当時、モーツァルトが弾いていた楽器の音色を会場で楽しんで下さい」と菊池さん=高崎の「ピアノプラザ群馬」

「人間らしさが詰まったモーツァルトの音楽に触れ、偉大な作曲家を身近に感じて欲しいですね」

 

今年7月に開幕した「前橋市Presents舞台芸術祭2018‐19」(以下芸術祭)の初代音楽監督を務める。プロデューサーとして全体を統轄する一方、公演の一つ、「ピアノ・リサイタル」に演奏者として登場。10月6日から11月11日まで全5回にわたり、モーツァルトのピアノソナタ全18曲を演奏するという意欲的なプログラムに挑む。1カ月という短いスパンでの全曲演奏は世界的にも珍しいという。日本人として初めてモーツァルト国際コンクールで優勝するなど、国際的に活躍するピアニスト・菊池洋子さんに芸術祭やピアノリサイタル、音楽への思いなどを聞いた。

【前橋で世界一流の芸術を】

Q音楽監督のオファーを受けた時のお気持は

昨春、前橋市民文化会館のリニューアルオープン記念公演に出演した際、お話を頂きました。初めてなのでプレッシャーもありましたが、以前から地元の芸術文化の発展に貢献したいと思っていたので嬉しかったです。

Q音楽監督の役割とは

芸術祭ではギターソロや室内楽、バレエなど全7公演を行いますが、コンセプト作りから出演者のコーディネート、プログラミングまでを担いました。音楽に限らず、舞台上で展開される、あらゆるものを観て頂けるような構成になっています。

Q芸術祭のコンセプトを教えて下さい

「前橋にいながらにして世界一流の芸術を」というコンセプトを掲げています。クオリティには徹底的にこだわりました。さらに、若い世代にも気軽に足を運んでもらえるような価格設定にしました。「お財布に優しい」けれど本物に触れられる、豪華で贅沢なラインナップだと自信を持ってオススメできますね。

【1回1回にサプライズ】

Q来月から全曲演奏会が始まります

09年に一度、東京で全曲演奏会をしたことがあります。当時は弾くことに必死で、「こうしなければ」という先入観に縛られていました。「いつか、また挑戦したい」という気持ちがずっとあり、自分なりに様々な経験を積んだ今、「やるならここ地元でしかない」と、提案させて頂きました。念願のプロジェクトを実現できることに感謝の気持ちでいっぱいです。

Qモーツァルトのピアノソナタの魅力とは

モーツァルトの音楽はどれも、「会話的」なんですね。そこが他の作曲家と決定的に違う。一音一音が語りかけてくるようで、無駄な音が一つもない。今回演奏するピアノソナタも1曲ごとにドラマがあり、ロマンティックで躍動感に溢れています。まさにオペラを観たかのような驚きと感動を覚えるでしょう。多くの人は天才と崇めていますが、実際はユーモアがあって人が大好きで寂しがり屋だったのではないかと私は思っています。人間らしさが詰まったモーツァルトの音楽に触れ、偉大な作曲家を身近に感じて欲しいですね。

Q5回公演について教えて下さい

全公演を聴いて欲しいのですが、1回でもモーツァルトの魅力を感じて貰えるように、作風の違う初期、中期、後期作品や馴染み深い名曲を毎回入れてあります。モーツァルトの時代のフォルテピアノと現代のピアノを弾き分けたり、プロジェクションマッピングを取り入れたり。1回1回、違う仕掛けやサプライズがありますので、楽しみにしていて下さい。

Qフォルテピアノの特徴は

現代のピアノとは見た目も音も構造も全く違います。鍵盤が軽く指を上手くコントロールしないと音の粒が揃いません。ダイナミックさはありませんが、軽やかで人の声のように温かく素朴な響きが特徴です。モーツァルトが弾いていたフォルテピアノの音色を会場で味わって下さい。

Qモーツァルトはどのような存在ですか

毎日弾いたり聴いたり、触れ合わない日はありません。日常に必ずあり、どんな時も私の感情に寄り添ってくれています。愛する気持ち、リスペクトする気持ちは誰にも負けないと自負しています。

Q全曲演奏会への意気込みは

モーツァルトの曲は、事前に準備したように弾くと全く面白くありません。今、この場で生まれたかのように即興的に演奏することでイキイキとした音楽になります。9年前と解釈や表現方法は全く違っているので、成長した、進化したピアノソナタを是非会場で楽しんで欲しいです。

【前橋から音楽を発信】

Q現在、ウイーンを拠点に演奏活動を展開しています

高校卒業後に渡欧し、以来イタリアで15年、ドイツで6年、3年前からはウイーンで暮らしています。イタリアでは自由と情熱、ドイツでは正確さと荘厳さ、ウイーンでは遊びや揺らぎといった音楽的要素を学びました。どの国も常に生活の中に音楽があり、フレージングやリズム感が自分の中に自然と沁み込んできます。モーツァルトなど音楽家を身近に感じられるのも良いですね。今、日本公演が半分以上ですが、来年以降はヨーロッパ公演が増えてくるため、修行のつもりでもう少しヨーロッパにいようと思っています。

Q演奏上、大切にしていることは

かつての恩師・田中希代子さんから、「音楽は伝わるか伝わらないかの2種類しかない」と言われました。伝わる演奏をするには、どれだけ集中できるかに尽きると思う。没頭するのではなく、俯瞰しながら隅々まで神経を張り巡らせ、音楽が持つ雰囲気を最大限に引き出すように心掛けています。

Q舞台での醍醐味とは

毎回、練習に練習を重ね身体の中に指の中に音楽をしみこませて自分のものにしてから臨んでいます。本番では自分を無にし、新鮮な気持ちで、いかに自由に演奏できるかが勝負。自分と客席が一体となり最高の演奏が生れた瞬間、「ああ、自分は生きている!」と実感します。ステージは厳しいけれど、無上の喜びを与えてくれる場所ですね。

Q今後やってみたいことは

ライフワークとしてモーツァルトの演奏は続けていきたいと思っていますが、もう一つの夢は協奏曲の指揮と演奏を一人でする「弾き振り」です。自分の思いを、指揮者を通してではなくダイレクトに楽団員に伝えたいからです。実は来年の秋、前橋で地元のアマチュアオーケストラと初の「弾き振り」に挑戦します。彼らと、どんな音楽を創り上げられるのか、今からワクワクしています。

Q群馬の皆さんにメッセージを

ここ数年、公演などで地元に関わる機会が増えてきました。前橋出身の演奏家として、「音楽の楽しさを知って欲しい」「前橋から音楽を発信したい」という思いで活動しています。芸術祭は勿論、これからも地元の芸術文化を盛り上げていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

文・撮影 中島美江子

【プロフィル】Kikuchi Yoko
前橋生まれ。1993年桐朋学園女子高等学校音楽科入学。故田中希代子、林秀光に師事。同校卒業後、渡欧。2002年第8回モーツァルト国際コンクールにおいて日本人として初めて優勝、一躍注目を集める。03年に夏のザルツブルク音楽祭に出演、ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団との共演を果たす。05年に第18回ミュージック・ペンクラブ音楽賞クラシック部門録音・録画作品賞、07年に第17回出光音楽賞を受賞。15年プラハの春音楽祭に出演、チェコ国営テレビで放送され好評を博した。これまで、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団など国内外の主要オーケストラと多数共演。人気・実力ともに日本を代表するピアニストの一人として国内外で活躍中。