人を思う[8月23日号]

お盆もすぎ、8月の下旬となりました。子どものころ、この時期になると、「宿題やったの!」と母からギャンギャン言われたことを思い出します。「よくぞ31日まであってくれたな。8月!」。わけのわからないことに感謝しながら、ほとんど手つかずの宿題に追われていた気がします。

大人になってもあまり変わっておらず、後回しにしていた仕事に追われている夏の日々です。新聞や雑誌を整理していると、時節柄なのでしょうか、「お墓」という文字がわりと目につきました。ふと、思い出すのは、おばあちゃんが眠るお墓のこと。

幼いころから、よくかわいがってもらいました。亡くなったときはつらくて、つらくて。20年以上たっても、思い出すと寂しいです。最近は墓参りに行けていません。忙しくて。転勤で遠くなっちゃって……。私の場合は、ただの言い訳ですね。

世間では、墓を移したり処分したりする「墓じまい」がとりざたされています。少子高齢化などの影響で、お墓の管理について考えなければならないケースが少なくありません。家ごとの墓石がない「合葬墓」を運営している自治体もあるようです。

お墓のあり様も、時代や家庭事情によって変わっていくのでしょう。変わらないのは、亡くなった人を偲ぶことを、ずっと大切にしていくことなのかなと思います。

そんなことを考えていたら、たまっていた仕事の手がぴたりと止まっていたことに気づきました。「仕事やったの!」。いまは亡き母の小言が聞こえてきそうです。

(朝日新聞社前橋総局長 熊谷 潤)