医師・作家 川渕 圭一 さん

「中学校の通学路だったので、中央商店街は毎日、自転車で通っていました。懐かしいですね」と川渕さん。学校帰り、アツミレコードなどに立ち寄っていたという=前橋

【いつも心はフリーに】

「常識を疑ったり自分自身を笑ったり。常に反骨心とユーモアは忘れないようにしたい」

 

【出版10年でドラマ化】

「やり直したいんです。新しい場所で最初から」「現実にがっかりするより、自分の理想を貫こうと思って」—現在、フジテレビの火曜午後10時枠で放映中の「37歳で医者になった僕〜研修医純情物語」。主人公・紺野祐太演じるSMAP・草なぎ剛さんの、ストレートな台詞の数々が心に響く。自身の経験を基に書いた処女作「研修医純情物語〜先生と呼ばないで」と「ふり返えるなドクター」が原作になっている。「病院ではそれこそ毎日のように色んな事件が起こる。研修医の時、病院の日常をドラマにしたら面白いだろうなと思っていたら本当になっちゃった(笑)。1作目が出版されてから10年。感慨深いですね」。
連続ドラマのテーマは、「人は幾つになってもやり直せる」。脱サラし37歳で研修医になった紺野が、大学病院を舞台に教授らとぶつかりながら医師として人間として成長していく姿を爽やかに描く。不器用だけど誠実な主人公を草なぎさんがリアルに体現している。

【スピリットはそのまま】

ドラマ化の話が来たのは昨秋。配役を聞く前から、「紺野役は草なぎさん?」という予感があった。「先月、本人と対談しましたが、一見脱力系なのに内に秘めた強さがあり主人公のイメージにピッタリ。『良い意味で川渕さんの浮いた感じを出したい』と語ってくれて。うまいこと言うなと思いましたね(笑)」
ドラマは既に7話が終了。オリジナルストーリーではあるが、紺野が胃ろう造設前に飲食テストをしたり患者と合コンの約束をするなど原作のエピソードが随所に挿入されている。シリアスな問題を扱いながらも毎回、クスッと笑わせるシーンも登場。「明るく前向きなところが大好き。毎週、一視聴者として楽しんでいます。原作者としては、小説のスピリットが全く損なわれていないところがうれしいですね」

【勉強するしかなかった】

子供の頃は気が弱く、いじめられっ子だった。「何事も一流でなければ意味が無い」が口癖だった父親とは反りが合わなかった。「脳神経外科医の父は自信家で目標に向かって突き進むタイプ。一方の僕は夢と言えるものは何一つない。でも、負け犬になりたくなくて高3から猛勉強しました」 2浪し東大工学部に合格。が、3年の時、ホテルニュージャパン火災で父親を亡くす。前夜、川渕さんは出張中の父親とホテルで食事をしていた。「いいんだよ、あんたは優しいんだからそのままで」 疎ましかった父親から思いがけない言葉を貰ったばかりだった。

【父親の死を境に迷走】

父親の死を境に迷走が始まる。大学院を中退。パチプロ、商社と職を転々とし29歳でうつ病に。通院中、病気の一般論しか話さない医師に違和感を抱き、自らが医者になることを決意。医学部を受け直し37歳で研修医になった。「30歳になるまで医者になろうと思ったことは一度もなかった。根底に父の存在はありましたが、紆余曲折の20代がなかったら絶対なってなかったでしょうね」
約5年間、大学病院に勤務。今度は、医療現場に対し様々な疑問を感じ始める。会議や資料作りに追われ患者と向き合う時間がなかなか取れない、医師に言いたいことが言えない患者が多い—「患者第一と言いながら本当にそうなのか」 色んな思いが交錯し、休暇を取るつもりで一旦病院を退職。職場復帰する前に、「医者と患者の垣根を取り払うきっかけになれば」と小説を書くことを思い立つ。医者と同じで、それまで本を書こうと思ったことも一度もなかったという。43歳で出版したデビュー作はベストセラーになった。

【変わらないメッセージ】

結局、病院には戻らずフリーの内科医をしながら年1冊ペースで本を出す。医者の仕事が落ち着く12〜2月に集中して執筆。3月以降の空いた時間で、出版社へのプロモーション活動や講演会を行っている。自伝的小説、児童書、ファンタジー、恋愛小説—これまで9冊を出版。「自分らしく生きよう」「人生はいつだってリスタートできる」 ジャンルは多彩だが作品に込めたメッセージは変わらない。「常識を疑ったり自分自身を笑ったり。常に反骨心とユーモアは忘れないようにしたい」
現在、結婚に踏み切れない30代男女の短編集を書き終え、人生に悩む浪人生の話を執筆中。最新作では、急がずゆっくりと自分と向き合うことの大切さを伝えるつもりだ。

【まあ、何とかなるさ!】

偶然の成り行きでなった医者と作家。どちらも、自分の役割はメッセンジャーだと思っている。「スゴイ遠回りをしたけど、何も決めてなかったからこそリスタートできた。夢がないといけないみたいな風潮もあるが、焦る必要はない。今やるべきことに一生懸命取り組めば、きっと見つかりますから」
2足のわらじを履いて10年。鞄一つで全国を飛び回る今の働き方が性に合っている。モットーは「いつも心はフリーに」「まあ、何とかなるさ」。「自由な心でいたいから、人生設計はしない。今日は何が起きるかと、毎日楽しみにしています。何事も根を詰めすぎず、でも簡単には諦めない。『まあ、何とかなるさ』くらいがちょうどいんです」 屈託ない笑顔を見せた。

文:中島 美江子
写真:高山 昌典

【プロフィル】Kawafuchi Keiichi
59年前橋生まれ。東大卒業後、30歳で医師を目指す。37歳で京都大医学部を卒業。3つの大学病院に勤務した経験をもとに、02年「研修医純情物語〜先生と呼ばないで」を出版。以後、フリーの内科医と作家として活躍。高崎在住。

 

〜川渕さんへ10の質問〜

鞄は苦楽を共にしている相棒といった感じ(笑)

—群馬のイチオシは

山かな。高崎線に乗っていて榛名山や妙義山、赤城山が見えてくるとホッとしますね。自分も自然の一員なんだと気付かされます。

—商売道具は

鞄=写真。健診に行く時も出版社に行く時も、365日いつも一緒。色んなところを渡り歩いている僕にとって、鞄は苦楽を共にしている相棒といった感じですね(笑)。中には資料やメモ用紙、ポケット地図、うちわ、ハンガー、マスクなどが入っています。

—最近、感動したことは

「37歳で医者になった僕」が本当に、テレビで放映されたこと。

—尊敬する人は?

ガンジーです。圧倒的に。彼の無抵抗主義、大好きです。

—座右の銘は

ルソーの「自然に帰れ」も好きですが、一番はサルトルの「君は自由だ。選びたまえ」。高校の倫理の教科書に載っていて当時、深い感銘を受けた。「自分で選んだ意識があれば最終的には後悔はしない」という意味に解釈していますが、今でも実践するようにしています。

—リフレッシュ法は

散歩。周りの景色を見たり、歩いている人を眺めながら近所をぷらぷら歩く。時間があれば、近所の高崎温泉でひと風呂浴びます。

—習慣は

毎朝50回位、腹筋をしています。あと、電車に乗ると「どんな人がいるのかな」と、ついつい人間ウオッチしてしまうところ(苦笑)。

—長所短所は

長所はのんびりしているとこ。わりと情緒が安定している気がする。短所は自分のことばかりベラベラしゃべるとこ。先日、草なぎさんとお会いした時も僕ばかりが話していた(苦笑)。ただ、医者としては自分からしゃべることはしません。

—好きな食べ物飲み物

何でも好きですが、強いてあげればチョコレートとコーヒー。それも高級チョコじゃなく普通の板チョコが好き。執筆時はコーヒーを6〜7杯は飲みます。ビールとピーナッツの組み合わせも最高ですね。

—家族構成は

妻と1歳半の息子です。

 

材後記
フリーター、転職、引きこもり、脱サラ—今でこそ良く耳にする言葉だが、30年前はまだ言語化されていなかったり特異な存在だったりした。当時、その全てを経験していたというのだから驚く。1年半前からは、イクメンの肩書も加わった。医師として作家として、鞄一つで全国を飛び回る日々。「寅さんみたいな生き方を少し意識している(笑)」と素直に言えるところがうらやましい。常識に縛られない生き方は、屈託ない笑顔同様、まぶしかった。