村日記と飛行場[7月27日号]

ジャーナリストの語源「ジャーナル」は、記録することを指し、「日記」「日誌」の意味もあります。恣意的に間引いたり付け足したりせず、事実をありのまま記録するのが報道の仕事。その積み重ねが歴史を刻むと、先人に教えられました。戦中に新聞・ラジオがその役目を果たさず、大本営発表に拠った反省が込められています。

その点で真逆の、信念の記録「村日記」の存在を、8月公開の記録映画「陸軍前橋飛行場」(飯塚俊男監督)で学びました。旧国府村に住んでいた故・住谷修氏が自分の見たこと、体験したことを書き残した記録です。

飛行場は国府村のほか堤ヶ岡村、中川村にまたがる約160ヘクタール。田畑でしたが、陸軍に譲渡を迫られました。村日記の記述によると、地元への通告から測量開始までわずか3日でした。

映画では、多くの地域住民が登場して、飛行場をつくるための勤労奉仕、戦闘機の空襲を受けた体験などを証言します。原作は、旧群馬町の教育長だった鈴木越夫さんが2014年に自費出版した本。村日記のほか、堤ヶ岡国民学校の当直日誌などもあわせて経過を探り、当時青少年だった住民の証言を集めます。名前が記載されている人だけでも70人以上。記憶による証言集もまた、貴重な記録です。

くだんの飛行場があったのは、イオンモール高崎と関越道前橋インターの間。試写を見て以来、通りかかる度に広い農地が残る意味を考えています。映画は8月4日から前橋シネマハウス、11日からシネマテークたかさきで上映されます。(朝日新聞社前橋総局長 岡本峰子)