現代美術作家 白川 昌生 さん

高崎の群馬の森に建つ追悼碑を題材にした作品と白川さん。「実在する碑をリアルに感じてもらうため、ほぼ実物大に再現しました。素材は布や木や発泡スチロール。どこでも展示できるし持ち運びも簡単ですよ(笑)」=渋川のギャラリーコンセプトスペース

「公共彫刻が抱える問題について、考えるきっかけになれば良いですね」

70年代にフランス、ドイツで哲学と美術を学び、現在は前橋を拠点に政治経済や美術史などを鋭く問う作品制作や美術評論、地域に根差したアートプロジェクトを精力的に展開している。明日21日からは、渋川のギャラリー「コンセプトスペース」で開かれる「消された記憶」展に高崎の群馬の森に建つ「朝鮮人強制連行追悼碑」をモチーフにした作品など3点を発表。戦時中に動員された朝鮮人犠牲者を追悼する碑を題材にした同作は昨春、森の中にある県立近代美術館で展示される予定だったが、県が追悼碑に関する訴訟を係争中だったため開催直前に出品が取り消された経緯を持つ。一方、今月29日には幕末から明治期の前橋を舞台した物語を基に誕生した住民参加型の祭り「駅家(うまや)の木馬」を前橋の街中で開く。美術評論家としても活躍する白川さんに、今回の展覧会や追悼碑作品、木馬祭りへの思いを聞いた。

【群馬の問題を扱っているので群馬で展示したかった】

Q追悼碑作品の公開に至る経緯を教えて下さい

昨年、出品が取り消された直後、ギャラリーを主宰する福田篤夫君が僕の家に来て「渋川で展示をしませんか」と誘ってくれました。僕はこのギャラリーで個展やグループ展を何度かやっています。彼の活動や展示空間も知っていたので、「では、やろう」となりました。群馬で起こっている問題を扱った作品なので、群馬で展示できて良かったです。

Q追悼碑作品を制作した意図は

現在も朝鮮人追悼碑の撤去を巡って法廷闘争が続いていますが、群馬に限らず2000年代頃から公共の場所に設置された戦争碑などのモニュメントを排除する動きが顕著になっています。今回の出品作品では、追悼碑反対というメッセージではなく、現状そうなっている事実を伝えたいだけです。

Q出品取り消しで公共彫刻や公立美術館のあり方がより顕在化したと思いますが、それぞれが抱えている問題とは

「公共の記憶」を共有するために作られた公共彫刻は永遠不変ではなく、時代の変化や政治的判断などにより排除されたり改ざんされることは避けて通れません。社会の動きと不可分である現状に対し、日本ではあまり議論が起こらないし、そういった現状を表現するのもアーティストの役割という認識がなされていないことが問題だと思う。一方、公立の美術館ではここ数年、政治的だったり猥褻とされる作品の撤去や改ざん要請を受けるなど、独立性が保てない状況が起こっています。タブー視される作品も必要だと判断すれば展示し、時代や美術を取り巻く現状や課題を提示する役割が公立の美術館には求められているでしょう。

Q渋川では追悼碑作品のほかに公共彫刻を題材とした2点を発表しますね

90年代に撤去計画が起こった長崎の原爆落下中心碑と、日露戦争の戦没者慰霊碑をモチーフにした2作品で、いずれの碑も戦争の記憶を留めるために作られましたが、時代よってその有りようが変遷しています。出品作の共通タイトルは「消された記憶」とし、追悼碑には「撤去」、中心碑には「書き換え」、記念碑には「忘却」という副題を付けました。

Q来場者に期待することは

ほぼ原寸大に再現することにこだわりました。実物は持ってこれないですが、大きさや奥行きなど碑のスケール感は感じてもらえると思う。公共彫刻が抱える問題について、考えるきっかけになれば良いですね。

【アートには利害抜きに人と人を繋げる力がある】

Q展覧会の会期中に木馬まつりを開きますが、物語「駅家の木馬」の創作や祭り開催に至った経緯を教えて下さい

物語を作ったのは、地域の文化資源にもっと光を当てたいという思いからです。生糸で栄えた前橋は、歴史や食、人など多くの資源があるのにうまく活用されていない。そこで、全国的に知られている侠客の国定忠治と詩人の萩原朔太郎、市名の由来となった「駅家」など、街の歴史や実在していたものを繋いで全く新しい物語の創作を試みたのです。忘れられてきた前橋の街のもう一つの歴史を呼び起こす、これが創作の一番の目的。さらに、物語に登場する木馬祭りを現代に蘇らせることで、地域の人に自分たちの手で歴史を再構成し新しく読み替えていく面白さ、地域の未来を切り開いていく喜びを感じて欲しかったからです。

Q地域の文化資源に光を当てたのはなぜでしょう

前橋に限らず地方都市は、東京などの大都市に比べて経済の停滞や人口減少など多くの問題を抱えています。そういう街で暮らすには、地域の歴史や記憶を掘り起こすことが重要。足元を見つめ直すことで自分たちのアイデンティティや誇り、生きる自信が持てるようになるからです。そうした営みを大切にすることこそが文化と言えるでしょう。誰もが自分たちの物語を作れるということ、アートで地域や人々の意識を変えられるということに気付いて欲しい。作家はそのきっかけを作るだけです。

Q祭りは11年から計7回開かれていますが、回を重ねることで地域や地元の人たちに何か変化はありましたか

最初は「嘘の物語じゃないか」といった否定的な意見が多かったが、2、3回目からは「これ、良いんじゃない」と言う人が増えて、最近では「前橋三大祭に匹敵するものにしよう!」と意気込む商店主も出てきました(笑)。地元の子どもたちや学生、アーティストなどが参加してくれていますが、だんだん街に馴染んできたというか年を追うごとに盛り上がってきています。物語も関わる人の意見を取り入れながら、どんどん書き足されています。地域の人が物語や祭りを作り替えながら、面白がって継続してくれたら良いですね。

Q地域コミュニティの形成にアートが活用されるのはなぜだと思いますか

経済的な結びつきは一時的だったり利害が一致しなければ衝突してしまう。継続的に繋がるには信頼や信用が必要です。でも、それは難しいことではなくて一緒にご飯を食べたり歌ったりすれば良い。そういった信頼の構築や「記憶」を共有できるものの一つがアート。利害抜きに人と人を繋げる力があるからこそ、求められているのでしょう。だから、極端なことを言えば名作でなくても誰が作っても良いのです(笑)。

Q祭りの見どころを教えて下さい。

前橋中心商店街で弁財天役の子どもが乗った木馬などを引き回しますが、今回から太鼓や笛、鈴などの鳴り物が増え一層にぎやかになります。途中、野外劇を上演するなど見せ場もいっぱい。弁天通りにある大蓮寺を出発し、広瀬川から利根川まで「木馬だ、木馬だ、だ、だ、だ」という威勢の良い掛け声をあげながら、一緒に練り歩きましょう。当日参加大歓迎です。

文/写真・中島美江子

【プロフィル】Shirakawa Yoshio
48年北九州市生まれ。九州産業大芸術学部を中退し渡欧。美術や哲学を学ぶ。デュッセルドルフ国立美術大卒業後、フランスやドイツで作家活動を展開。83年帰国、90年から前橋を拠点に活動。国内外の個展やグループ展で地域や歴史などを題材とした作品発表やアートプロジェクトを展開。「美術・記憶・生」「贈与としての美術」など著書多数。6月29~8月5日まで、東京のギャラリー・マキファインアーツで企画展「メルド彫刻の先の先」を開く。今秋、高崎のガトーフェスタハラダ本社ギャラリーで個展予定。3月に「労働と美術」、5月に「続・彫刻の問題」、今夏に「神話ヒト美術」(仮称)を出版予定。前橋在住。