画家・装丁家・作家 司修 さん

「作品が完成すれば嬉しい。でも、もう終わり。既に過去のことです」と笑う司さん。新作「OkinawA」の前で=「アーツ前橋」展示室ギャラリー2

「表現者である前に、一人の人間として自分の思いを言えるような生き方をしたい」

アート、装丁、小説-ジャンルを問わず、縦横無尽に表現活動を展開する。現在、アーツ前橋で開催中の「前橋の美術2017」に沖縄をテーマにした新作「OkinawA」を発表している。映像やオブジェなどで構成されたインスタレーションは、優しさと厳しさ、そし力強さを合わせ持つ。新作や郷里への思い、創作の原動力などを聞いた。

【展示室全体をガジュマルの木に】

Q国内外で活躍する前橋ゆかりの48作家を紹介する「前橋の美術」に、新作を発表しています 

昨春、展覧会への出品依頼を受けてから、じゃあどうしようと考えた時、過去の作品をただ並べるだけでは意味ないなと。せっかくなら今、自分が感じていることを発表しようと思いました。昨日までやっていたことではなく、全く違うところにいく。それが出来れば僕も育つじゃないですか。郷里だからというのは全く関係ありませんでした。

Q新作のコンセプトはいつ頃生まれたのでしょう

昨年末、初めてアーツ前橋を訪れましたが展示室「ギャラリー2」に入った瞬間、まるでガジュマルの木だなと。天井の空調ダクトが縦横に伸びる枝に見えたのです。沖縄や奄美の人々の憧れであり、魂であり、歴史であり、記憶である巨樹。地上戦や戦後の米軍基地化という事実だけでなく、島人たちの生命力の象徴として展示室全体をガジュマルの木にしてしまおうという構想を思いつきました。

Q映像や音声、オブジェなど様々なものを用いて作品化しています

アニメーションでは沖縄地上戦後、米兵に救出される際の少女の恐怖を実際の映像を基に表現しました。音源も終戦直後に久米島で起きた事件のテレビ音声を録音したもの。そこにガジュマルの幹や沖縄の希望をイメージしたオブジェ、血の伝うマネキン、久米島の戦争の記録集を置き一つの劇場に仕上げました。沖縄には基地問題で今も困っている人たちがいるということ、そして島の悲劇だけでなく島人の力強さも同時に伝えたかったのです。

Qタイトルにもなっていますが、なぜ沖縄をテーマにしたのでしょう

戦中から今に至るまで、沖縄が置かれている現状に差別的なものを感じずにはいられません。多くの人が、何が問題かも良く分かっていない。だからと言って関係ない、知らない、興味ないというのはやっぱり良くないんじゃないかなと。作品を観て、「この人、何でこんな沖縄沖縄と言っているんだろう」と疑問に思ってもらえるだけでも良い。自問するきっかけを与えられたら嬉しいですね。群馬県があるように沖縄県があるのですから。

【戦後の焼け跡が僕の原点】

Q今作に限らず、戦争や原爆、震災などを問う表現活動を展開しているのは9歳の時、前橋空襲に遭われたことが影響しているのでしょうか

もう、そこからしかないですね。食べる物がない、着る物がない、住む場所もない。焼け跡で困ったことをいっぱい体験しました。戦中戦後に刻まれた生々しい記憶が、そういった問題意識と結びついています。戦争を経験しなかったら僕は全く違う人間になっていたでしょう。

今、自分だけが良ければいいというエゴイズムが蔓延している気がします。でも、それは違うのではないでしょうか。大それたことは考えられませんが、少なくとも沖縄の問題を僕なりに捉え表現することは出来る。今の自分に何が出来るのか、小さい自分に言い聞かせています。

Qご自身にとって故郷とは

空襲で生まれ育った街が焼けてしまっても、赤城山や馬場川は変わらずそこにありました。今でも、どんとそびえ立つ赤城を見ると少年の頃の感動を覚えますね。戦後の焼け跡が僕の原風景であり原点。僕を育んでくれたこの土地を今でも大事に思っています。

Q今年81歳になりますが創作意欲は衰えないのでしょうか

何か作りたい、書きたいという欲求が無くならないのは戦後、何も得られなかったという思いを抱えながら過ごしたから。どこかにまだ飢えがあるのでしょう。でも、それは物質的なものではありません。あと、臆病なんです。戦争の怖さを知っているから、当時の生活はもう嫌ですよ。だから、今でも困ったな、嫌だなと感じたことを絵や文で表現しています。そこが僕の原動力。例え90歳になっても、その気持ちは変わらないでしょう。

【「おまえは何者か」という問いを大切に】

Q芸術の持つ力とは

表現することは特別なことではない。生きていること自体、日常の中で行動すること全てが表現だと思っています。ただ、「どう生きるべきか」を感じる時、芸術という形で表に出てくるのではないでしょうか。僕にはそれしか方法がないから。

Q表現する上で心掛けていることは

「おまえは何者か」という問いを大切にすることでしょうか。不都合なことや困ったことが起こった時、自分を抑え込む大きな力に屈して言葉を濁したり取り繕ったとしても日常生活に支障が出る訳ではありません。けれど、後で悔いるでしょうし自分に正直でいなかったつけは必ずいつか回ってきます。表現者である前に、一人の人間として自分の思いを言えるような生き方をしたいし、その勇気を持ちたい。つまり本来、だらしない人間ですから僕は。決して完成には至らないのですが、求める何かに向かっていく。一生そんなことをして終わるのでしょうね(苦笑)。

Qこれから挑戦したいことは

気力と記憶力が衰えないうちに、「前橋」を書きたいと思っています。2年間ぐらい資料調べが続くかもしれません。それから、宮澤賢治の童話 「虔十公園林」の主人公に影響され僕も自宅に杉を植えたのですが、30メートルほどになった杉は、近所から「花粉症のもと」と言われて、涙をのんで切りました。その切り株を使って彫刻を作ろうと思っています。

文・写真/中島美江子

【プロフィル】Tsukasa Osamu
1936年前橋生まれ。93年「犬」で川端康成文学賞、2007年「ブロンズの地中海」で毎日芸術賞、11年「本の魔法」で大佛次郎賞、16年にイーハトーブ賞など文学や美術の分野で数々の賞に輝く。11年には県立近代美術館で絵本原画展を開く。法政大学名誉教授。東京在住。