碑が教えるもの[9月15日号]

6年半前の東日本大震災の後、取材やボランティア、若手記者の研修同行など、様々な機会で東北を訪れました。三陸沿岸の複数の街で、「朝日新聞といえば」と存在を教えてもらったのが石碑です。

「大地震の後は津波に注意」「ここから下に家を建てるな」などと教訓が彫り込まれた碑。1933年(昭和8年)の三陸大津波の後、朝日新聞社が全国からの義援金を各町村に渡した残りで建てたと記述されます。岩手県沿岸に津波の記念碑は200基以上あり、「教訓型」の多くがこの事業でつくられたそうです。

県が翌年まとめた震災誌によると、碑が立つ場所は浸水置を示し、文案は地震学者が草案。大槌町の保存資料では、4文案が町に示され、地域事情に応じて選ぶかたちだったといいます。

石碑の教えを守り命や財産が助かった集落もあれば、碑より低い場所に家が立ち並び大きな被害を受けた地域もあります。2011年以降、市内の碑を実態調査した陸前高田市教委は昨年、現存する19基を市文化財に指定しました。

死者592人、浸水7万戸、家屋倒半壊2万2千戸近く。戦後まもない1947年9月に日本を襲ったカスリーン台風による群馬県内の被害です。死者数も家屋被害も、関東一円の被害のうち半分以上を占めます。その甚大さに70年前とはいえ胸が痛みます。

当時「山津波」に襲われた赤城山麓の地域に立つ観音像を過日訪れました。石碑からわずかに読み取れるのは「水難」の文字のみ。生花が供えられていたのが救いでした。(朝日新聞社前橋総局長 岡本峰子)