群響ミュージック・アドバイザー 小林 研一郎さん

「群響を世界に羽ばたかせたい。その素質は十分持っています」

「ブラーボー、ブラーボー!」 先月13日、今年度初の群馬交響楽団定期演奏会(以下、定期)は感動と興奮の渦に包まれた。大歓声と拍手で迎えられたのは、今年度から群響ミュージック・アドバイザーに就任した「炎のコバケン」こと世界的指揮者・小林研一郎さん。この日振ったのはベートーベン「ピアノ協奏曲第5番『皇帝』」と「交響曲第3番『英雄』」という、まさに就任披露公演にふさわしい2曲だった。「心の奥底から燃え盛り、皆さまの琴線に触れるような演奏が出来たことは奇跡的なこと。群響の発展のため誠心誠意、努力していきたい」 終演後のアフタートークで、小林さんは大勢のファンを前に群響の更なる飛躍を誓った。

【不思議な巡り合わせに感謝】

2013年度から音楽監督を務めていた指揮者・大友直人さんの退任に伴い、今年度から群響初のポストとなるミュージック・アドバイザーに招聘された。任期は3年間。就任披露となる4月定期を皮切りに年3回以上指揮するほか、公演企画や音楽面、演奏面でのアドバイスを担う。「79歳という年齢と今まで経験のないポジションだったため、お話を頂いた時は正直、複雑な思いが絡み合いました。しかし、縁の深い群響と長い年月を経てまたご一緒できるという、その不思議な巡り合わせに感謝しております」とほほ笑む。

師匠である故・山田一雄さんが1968年から群響の芸術監督を務めていたことから、小林さんは東京藝大卒業後の1970年3月、群響定期で指揮者としてデビューを果たす。その経歴が第1回ブダペスト国際指揮者コンクール(1974年)での優勝という快挙に繋がっていく。「群響との共演が経歴証明となり、国際コンクールへの出場が可能になりました。僕の音楽人生を地獄から天国へと上げてくれたのは山田先生と群響のおかげです」と懐かしむ。

【群響の輝かしい未来を確信】

就任後初の定期に向け、先月10、11、12日に行われたリハーサル。初日はベートーベン「交響曲第3番『英雄』」の第1楽章ではなく、「英雄」の核ともいえる第2楽章の葬送行進曲からスタートさせた。だが、最初の音が心もとなかったため、「地獄の奥底から発せられるような唸り声を出して下さい」とアドバイスしたところ、演奏がガラリと変わった。「人々の心のひだに届くような、放たれた音の香りに震えました。群響の輝かしい未来を確信すると同時に私自身、群響に新しい光を投げかけることができるという自信が得られうれしかったですね」と明かす。

凝縮したリハを重ね臨んだ本番では、まさに「炎のコバケン」の真髄とも言えるような情熱のタクトで満員の聴衆を魅了した。「自分が指揮しているのはチェコフィルか、それともハンガリーフィルか、いや、それよりも素晴らしいオケだと感じましたね。群響メンバーの献身的な演奏に感動し、僕自身も大いに燃え盛りました」と興奮気味に語った。

【世の中にはとてつもないものがある】

音楽との出会いは3歳の時。第二次世界大戦中、空襲に怯えながらも父親がピアノで弾いてくれた「月の砂漠」に夢中になった。小学低学年の頃、演奏会で初めて聴いたベートーベン「第九」に感動し独学で作曲を始める。「まさに運命的な出会い。世の中にはとてつもないものがあるのだと知りました」と振り返る。

東京藝大で作曲と指揮を学び、卒業後は世界有数の音楽祭に出演するほかハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団など名門オケを指揮。音楽に対する真摯な姿勢と情熱的な指揮ぶりから、「炎のコバケン」の愛称で親しまれている。現在、日本フィルハーモニー交響楽団桂冠名誉指揮者やハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団桂冠指揮者、東京文化会館音楽監督を務めるほか、東京藝大やリスト音楽院の名誉教授として後進の指導・育成にも励む。

自身の経験から、群響移動音楽教室の意義も強く認識している。「小さい頃は、何かに向かって心が弾ける時期。移動教室は、彼らに天からの光を与えるチャンスです。子どもたちの中に眠っているものを呼び起こすような、瞳が輝くような演奏をしないといけません」と力説する。

【オケの神髄堪能できるラインナップ】

ミュージック・アドバイザーの大きな役割の一つが、定期プログラムの企画。2019年度は全10公演で、前期(4~9月)は群馬音楽センター、後期(10~来年3月)は新拠点の高崎芸術劇場が会場となる。年間テーマは設けず、自らが推薦した指揮者やソリストの最も得意とする演目で勝負してもらう。「オケのあり様を見てもらうためテーマを作るのは重要ですが、一方でそこに縛られ陳腐になってしまう危険性も高い。私としては、それぞれが選んだ曲で思いの丈を届けてもらうのが一番と感じています。群響と素晴らしい響きを創り上げてくれるでしょう」とその意図を明かす。

群響定期初登場となる気鋭指揮者・大井剛史さんによるドボルザーク「スターバト・マーテル」(9月定期)やロシアの名匠アレクサンドル・ラザレフさんが指揮するプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」(10月定期)、日本指揮者界の重鎮・飯守泰次郎さんが奏でるブラームス「交響曲第2番」(来年1月定期)など硬軟織り交ぜ、オーケストラの神髄が堪能できるラインナップになっている。

【人生が香るような音を届けたい】

今秋、新たな本拠地となる高崎芸術劇場がオープンするなど19年度は群響にとって大きな節目の年となる。オケの資質や音楽性の更なる向上が求められるが、4月定期で群響のポテンシャルの高さを実感したという。「最初の音を聞いた瞬間、驚きましたね。日本人の持つ霊感や祈り、独自の世界を築いていけるオケだと確信しました。機微のぶつかり合い、切磋琢磨を喚起させ群響を世界に羽ばたかせたい。その素質は十分持っています」と頬を高揚させる。

今年、小林さんが群響を指揮するのは2回。7月定期ではチャイコフスキー「バイオリン協奏曲」「交響曲第4番」、高崎芸術劇場での9月のオープン記念公演ではマーラー「交響曲第1番『巨人』」に挑む。「どちらも自分が最も聴いてもらいたいと思う曲をセレクトしました。チャイコフスキーの第4番にもマーラーの第1番にも、とてつもない運命が隠されています。眩い音楽、触れると人生が香るような音を届けたいですね」 「炎のマエストロ」は活火山のごとく燃え盛る音楽の炎で群響を輝かせ、世界へと大きく羽ばたかせていく。

文・撮影 中島美江子

【プロフィール】Kobayashi Ken-ichiro
1940年生まれ。東京藝大音楽学部作曲科、指揮科を卒業。第1回ブダペスト国際指揮者コンクールで第1位、特別賞に輝く。世界有数の音楽祭に出演するほか、ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団やチェコ・フィルハーモニー管弦楽団などを指揮する。2011年に文化庁長官表彰、13年秋の叙勲では旭日中綬章が授与された