音楽評論家 サラーム海上 さん

モロッコの絵画やトルコの皿など中東諸国のモノに囲まれて暮らすサラーム海上さん

中東音楽や社会の最前線を軽妙に

中東諸国は、いつ行っても自分が知っている世界や信じている価値観が全てではないことを教えてくれる

 

【蓄積してきた思いを形に】

音楽評論家、DJ、料理研究家、ラジオパーソナリティー、講師など多彩な顔を持つ。肩書きは自称「よろずエキゾ風物ライター」。中東やアジア、ヨーロッパ、アフリカを旅しながら音楽、料理、風物など世界各国の文化をフィールドワークし、最新の情報や旬の話題を発信し続けている。その文章や語り口は、過剰すぎる愛情とグルーブ感にあふれ強烈な吸引力を放つ。これまで「エキゾ音楽超特急」「21世紀中東音楽ジャーナル」など数々の著書を出版。今夏には初の料理エッセー集「おいしい中東オリエントグルメ旅」を出した。 エッセーではトルコ、モロッコ、レバノンなど6カ国で味わった料理や食のエピソードを自ら撮影した写真と共に綴っている。現地で実際に習ったレシピ52品も収録。文庫ながら500ページ以上あり、読み物としても実用書としても充実の一冊に仕上がっている。「どの国も何度も足を運んできて、今まで蓄積してきたものがようやく形になったという感じ。中東料理は基本、レモン、パセリ、ニンニク、オリーブオイルがあれば大抵のものが作れます。シンプルでおいしくて種類も豊富。読んでくれた人が実際に作って食べてみて、現地を訪れてくれたら最高ですね」

【人生って何とかなる】

幼い頃から音楽を聴くことが好きだった。小学校高学年になると中世のグレゴリオ聖歌やインドネシアのガムラン、イランの古典音楽など民族音楽に惹かれていく。高校時代はロック喫茶に入り浸る一方、バンドを組みライブ活動に明け暮れた。「でも、楽譜は読めないし曲も作れない。ミュージシャンとしての才能はないなと(苦笑)。ただ、音楽を聴くことに関しては誰よりも貪欲でした」
大学は政経学部に入るも、興味が持てずフランス留学のため語学習得に励む。卒業後、レコード販売会社「WAVE」に就職。売場で世界中の音楽を吸収するうち「○○の音楽について書いて欲しい」と出版社からオファーを受けるように。その一方、「世界中の音楽をたっぷり生で聴きたい」という気持ちが強くなり、6年の勤務後に同社を退職。2年半、バックパッカーとしてインドやタイなど20カ国以上を旅し各国の音楽を吸収していった。帰国後、会社に勤めるが以前にも増して原稿依頼が舞い込み33歳でフリーランスに転向。「1年以上悩みましたが、僕を指名してくれる原稿仕事の方が大事じゃないかと思い決断しました。安定はしませんが人生って何とかなるもんですね」

【俺がやらなきゃ誰がやる】

独立して13年。仕事の中心は中東音楽の評論活動だ。現地の音楽に加え、社会の最前線を軽妙かつユーモラスな文体で紹介している。ロックやレゲエ、ブラジル音楽などの専門ライターは多いが、中東音楽のそれは稀有な存在。現在、TVブロスやスクリプタなど複数の雑誌に連載を持つ。「ライバルがいない分、俺がやらなきゃ誰がやるんだって気持ちで書いています。たまたま好きでやっていただけで、狙った訳では全然ないんですけどね(笑)」
アラブ世界との出会いは大学3年の時。モロッコで北アフリカの歌謡曲「ライ」を聴いて以来、トルコやエジプトなどに通いつめて四半世紀が経つ。中東音楽の魅力は、伝統と宗教を色濃く残しながらも今の時代のエッセンスをバランスよく取り入れているところにあるという。「中東諸国は、いつ行っても自分が知っている世界や信じている価値観が全てではないことを教えてくれる。外側にあるものに感動しっぱなし。だから全く飽きないし、その感動を多くの人と共有していきたい」

【自分の気持ちに正直に】

執筆のほかに、大学講師やラジオパーソナリティーなど多方面で活躍中だ。「大好きなアーティストに会いたい」「中東をもっと知って欲しい」「音楽も良いけど料理も素晴らしい」−自分の気持ちに正直に行動していくうちに、活動の幅はどんどん広がっていった。「人前で話す仕事に就いたのは40歳を過ぎてからだし、中東料理教室を開くようになったのもつい最近。人間っていくつになっても挑戦できるんだなとつくづく感じています。だから今、毎日がすごく楽しい」

【腑に落ちるものを提供】

これまで訪れた国は30カ国以上。音楽や料理取材にもかかわらず、エジプト・ムバラク政権の崩壊やイスラエルのガザ攻撃、レバノンの爆破テロ、トルコの反政府デモなど歴史的瞬間に立ち会ってきた。インターネットであらゆる情報が入手できる時代だが、一貫して現場主義を貫く。インディーズにしてもメジャーにしても、自らの目と耳と足で稼いだもの、腑に落ちるものを届けたいからだ。「現地に行かないと分からないことが多い。それに、世界は同時に回っていて知らないところで繋がっている。中東と日本の音楽、アーティスト同士がどんな影響を与え合っているのか。その歯車をカチッと組み合わせて提示して見せるのが僕の役目。これからも、世界を渡り歩き国境を超える音楽を発掘していきますよ」

仕事が一段落する年末年始、ウエブマガジンの立ち上げ準備に取り掛かる。来年1月2日には、佐野市で開かれるイベントにDJとして出演。中東音楽やベリーダンスで新年を大いに盛り上げる。「2014年もレッツトランス(笑)」  「よろずエキゾ風物ライター」の勢いは来年も止まりそうもない。

文:中島 美江子
写真:高山 昌典

【プロフィル】Salam Unagami
67年高崎生まれ。明治大学政経学部卒業。中東を旅し現地の音楽シーンをフィールドワークし続けている。「おいしい中東」など著書多数。大学講師やNHKFM「音楽遊覧飛行」パーソナリティーを務めるなど幅広く活躍中。東京在住。

 

〜サラーム海上さんへ10の質問〜

毎日、感動しっぱなしです(笑)

—好きな食べ物、飲み物

トルコ料理のいわしのピラフと鶏すいとん。どちらも最近、初めて食べましたが本当においしかった。飲み物はトルコの地酒ラク、ライオンのミルクと呼ばれるアニス風味のリキュールが好き。

—好きな言葉は

かなり長いんですけど、映画「クラウドアトラス」の中のセリフ「騒音と音楽の垣根など幻に過ぎない。あらゆる垣根は幻想だ。必ず超越できる。乗り越えようと思う者には超えられるはずだ」 この映画は、もう10回以上観ています。

—モットーは

「でも、やるんだよ!」。特殊漫画家根本敬さんの言葉です。

—高崎のお気に入りは

龍光寺と頼政神社と烏川。実家に帰ると必ず龍光寺でお墓参りして、烏川を散歩します。子供時代から、現実世界とは違う時間、世界へ誘ってくれる場所ですね。

—最近、感動したことは

毎日、感動しっぱなしです(笑)。この夏に爆弾テロがあったレバノン北部、トリポリ近郊の村を訪ねたのですが料理コンテストで優勝した女性から直接、伝統料理を習えたのは嬉しかったですね。外務省の危険情報によればレベル3の渡航延期勧告地域ですが、そこではもちろん日常生活が営まれ、東京よりもよっぽど豊かな食生活がありました。

—長所短所は

人に左右されないところ。自分が良いと思ったことは貫く。短所は、それで周りとぶつかっちゃうところ(苦笑)。

—家族構成は

妻がいますが、12月から来年4月までヨガの修行でインドに行っちゃってます(笑)。

—今、やりたいことは

トルコやレバノンの田舎をまわって、伝統料理を学ぶこと。それを次の料理の本にしたい。そのためにトルコ語を勉強しないと。

—愛用の仕事道具は

自宅の一角にある料理撮影スタジオ一式=写真。「おいしい中東」の表紙写真も、ここで撮影しました。

—最近ハマっていること

外国の友人に質問されても答えられるように、日本の食文化の本を読んでいます。

 

取材後記
「サラーム」は、アラビア語で「こんにちは」を意味する。ペンネームも肩書き「よろずエキゾ風物ライター」もユニークだが、活動も風貌もそれに負けていない。取材前は、どんなに奇天烈な人なのかと内心ヒヤヒヤしていたが、会ってみると気さくで実に爽やか。ご本人同様、中東諸国の品々にあふれたご自宅も異国情緒満載で居心地良かった。
「中東の音楽や料理や風物が好き」「感動したモノやコトを多くの人と共有したい」−自らの思いを伝えるため、唯一無二の仕事を独力で切り開いてきたバイタリティーに脱帽だ。「自分が信じている世界が全てではない」 サラームさんのワールドワイドな生き方に触れ、近視眼的視野がちょっぴり広がった。