「お前はまだグンマを知らない」 漫画家 井田 ヒロトさん

井田ヒロトさんによる自画像イラスト

群馬ネタをそのまま出しても誰も食べてくれないからグルメ、ミステリー、サスペンス、エロ、ホラーなど、おいしく料理するためにあらゆる要素を意図的に取り入れています

「グンマの魂の結晶‐それが上毛かるたなのだ!」「名物焼きまんじゅうはグンマ人以外が摂取した場合、なんやかんやで死に至る」「どっちを見ても山。逃げ場なし…」‐ユニークかつ過激な群馬あるあるネタがテンコ盛りの漫画「お前はまだグンマを知らない」(新潮社)。
地元の読者からは「だいたい合ってる」と称賛され、単行本は既に累計60万部を突破。先月に最新刊7巻が発売され、今月6日深夜からは若手人気俳優・間宮祥太朗さん主演の実写ドラマが地上波でスタートするなど俄然、脚光を集めている。生みの親である井田ヒロトさん(高崎在住)に最新刊やドラマ化、そして群馬への思いを聞いた。

群馬ってスゴイものがいっぱい

Q最新刊ではぐんまちゃんやボウイなど多彩なコンテンツを扱っていますが、テーマはどう決めるのでしょうか

群馬に関する記事や本を読んだり、人から聞いたことや日々の生活の中でその時、気になったネタをすぐに使っています。今も、特に力を入れて扱いたいネタは何個か温めていますね。

Q最新刊で新しい試みなどされていますか

歴史や軍事など自分が興味のある分野に偏りがちなので、担当編集者さんから「もっとライトな“群馬あるある”ネタを増やして」と常に言われています。今回、その辺をかなり気を付けました。

Q特に思い入れのあるテーマはありますか

上毛かるた創設に関する話(94話)は、担当編集さんから何度も脚本をボツにされ、「もう書くのをやめようか」とも思いながら、でもどうしても出したくて頑張ったので感慨深いものがあります。

Q描いていて楽しかったこと、苦労したことなどあれば教えて下さい

群馬ってスゴイものがいっぱいあるので、これを漫画にすれば面白いのにと常々思っていました。でも、企画を持って出版社に提案しても相手にされない。数社回った末に今、連載させて頂いているので基本、どんなことも楽しいというかありがたい。ただ、取材時にこちらの素性と使用目的を先方に伝えても話がうまく運ばなくなるということが何度もあり、苦労というかそこは難しいなあと感じています。

テレビ、新聞、ネットなど全てが情報源

Q主人公・神月の名前の由来やモデルとなった人物はいますか

神月は、上野の地(かみつけのち)から何となく付けました。千葉から群馬に転校し、ひどい目にあうという設定でモデルは自分。だから登場人物の中で唯一、嫌いなんですよ(苦笑)。

Q登場人物の誕生秘話を教えて下さい

神月は当初、女の子の設定でした。同級生・轟の弱みを探し一泡吹かせるようなしたたかさを持っていたのに、担当編集さんの判断で男キャラになった途端、流されキャラに(笑)。一方、轟は群馬の豆知識を語る存在という感じなので、初期の構想段階から絵柄も性格も変わっていません。「こんな時、轟はこう言うだろう」という想像がつきやすいキャラなので書いていて楽です。

Qキャラ設定時に心掛けていることは

リアル群馬人っぽくしてしまうと、トチギの侵攻やスパイに戦々恐々とする雰囲気、「栄光在グンマ!」なノリが作りにくいので、そこは漫画としての世界観を優先させてキャラ設定しています。造形ではシルエットで判別がつくように心がけていますね

Q群馬ネタは実体験によるものですか

それもあるし、人から聞いたものもあります。群馬県民はむしろ、よそから指摘されて初めて「えっ、あれ群馬だけだったの?」ということがあるので他県の人に「群馬に来て驚いたこと」を聞いた方が早かったりします。1巻でも書きましたが、ヤンキー率が高く感じたのは正に実体験(笑)。

Qネタはどのように見つけるのでしょうか

テレビを始め、新聞やラジオ、雑誌、ネットなど、全てが情報源。時間が許せば、取材に行くこともあります。普通に群馬に住んでいれば、日々何かしらのネタは入ってきます。何かについて調べている時、リンクされた他の興味あるネタに行きあたることもよくありますね。

Q栃木県など他県ネタも取り上げていますが、実際に取材しているのですか

意識して調べたことはそんなにないです。他県の扱いは各都道府県に対する個人的な感情がもろに出ている気がしますね。井田家はもともと新潟から700年前に一族揃って群馬に下ってきたようで、それもあるのか新潟には自然と気持ちが行きます。作中でグンマとニイガタが軍事同盟を結ぶ関係性になっているのは、そんなことが関係していると思います。山口県は萩と下関しか行ったことがないので、松下村塾しか出てきませんでした。そういうのを見ても、他県に関しては本当に自分の限定されたイメージのみで書いていますね。

あまりの急展開にビックリ

Qドラマ化や映画化の話を聞いた時のお気持ちは

昨年末に知ったのですが、最初はWebの有料放送かなんかかなあと(苦笑)。あまりの急展開に、そして地上波ということにビックリしました。

Qドラマ制作にはどの程度関わっていたのでしょうか

脚本全4話を読ませて頂きましたが、その時点でグンマの風物や感覚の部分で違和感のあるところをいくつか指摘させて頂きました。原作漫画は群馬県をディスる(揶揄する、おとしめる)意図で書いていないので、その点を考慮した作品であればいいなあと思っています。

群馬県民全員ヤンキーなんだ

Q小さい頃から絵を描くのが好きでしたか

普通にお絵かきとかしていましたが、そこまで好きでもなかったような…。描くことが好きというより漫画を描いて周囲が喜んでくれるのが嬉しかったという感じでしょうか。

Q中学1年で千葉から引っ越してきましたが、群馬の印象はどうでしたか

初めて群馬に来たのは小学5年の時。父の実家で群馬弁に接したのですが、「ここんちの人、みんなヤンキーだ」と震えたのを覚えています。その後、中学入学と共に群馬に移住してきた時、「あっ、あの家の人がヤンキーだったんじゃない…群馬県民全員ヤンキーなんだ…」と震えました。それと、平地(千葉市)に住んでいたので四方に山がそびえているという状況に閉塞感を感じて怖かったです。ただ、越してきたのが高崎駅の割と近くだったので、千葉市のド田舎に住んでいた身としては「都会にきた!」という感覚で嬉しかったです。

Q漫画家としてのスタートはいつから

日々の慰みで描いていた漫画を雑誌に投稿していて、02年にデビューしました。それだけで食べられるようになったのは04年頃からです。

おいしく料理するために色んな要素を導入

Q「お前‐」には群馬ネタ以外にも様々な要素が盛り込まれています

新連載立ち上げの際、多くのファンを獲得する為に色んな要素を盛り込んだ方が良いと編集さんから言われました。群馬ネタをそのまま出しても誰も食べてくれないからグルメ、ミステリー、サスペンス、エロ、ホラーなど、おいしく料理するためにあらゆる要素を意図的に取り入れています。当初、読者は20~40代男性を想定していましたが、蓋をあけたら小学生やお母さん世代がメーンに。なので、エロ要素は何とかしないとなあと思っています(苦笑)。

Qご当地漫画ブームについて、どう思う

実際、郷土に住んでいるかどうかは関係なく自分のルーツや心のよりどころとしての郷土を再認識する人々が増えている流れがあった上に、商業が乗っかっていっていると思うのですが、そういう郷土への思いは精神面からも経済面からも重要だと思います。グンマ漫画を手に取って下さる方が多くいる現状には、これからのグンマと日本の未来を考えた時に非常に心強い。割と本気でそう思っています。

中島飛行機について描きたい

Q最近、地元での仕事が増えていますね

2、3年前からザスパクサツ群馬のポスターイラストや東毛地域の偉人・妙印尼輝子のキャラクターデザイン、朝日新聞と上毛新聞の昨年の新年号イラストカットなどをさせて頂いています。あと、県内で原画展を何度か企画してもらいました。今年もドラマ放映に合わせ前橋のギャラリー「アートスープ」で原画展を開く予定です。単行本の売れ行きは群馬で25%と一極集中しており、常々貢献したいと思っていたので地元での仕事はうれしいですね。

Q今後、描きたい群馬ネタや挑戦したいことは

中島飛行機について描きたい。あと、何十年も限界集落だと言われ続けている南牧村に興味があります。そのほかにも、みなかみ町のアウトドアスポーツ、四万温泉、草津温泉から吾妻地域辺りなども扱いたい。色んな人からネタを託されることが多く、ストックは結構たまっていますよ。あと、やってみたい仕事は観光パンフレット。「群馬って良いところですよ」と洗脳できたら面白いですよね(笑)。

Q群馬のファンの皆さんにメッセージを

明治以降、戦略的輸出品である生糸で日本をけん引し、太平洋を越えアメリカの販売網を開拓し、常に外へ外へと目を向けながら郷土にその栄光を帰してきた群馬人。その偉大なる人々に連なる我々は今まさに、郷土の再認識を迫られる局面に立っていると思います。今年はグンマ漫画に関しても様々な動きがありますし、グンマにおいては上野三碑が世界遺産になるかどうかの天王山でもある重要な年。自分も一層を頑張りますので、その結果物であるグンマ漫画を皆さんが手に取られる機会があったら嬉しく思います。夏には8巻が出版される予定なので是非、楽しみにしていて下さい。

文・写真/中島美江子

いだひろと

神奈川県出身。中学1年から高崎市在住。2002年「月刊少年ガンガン」の新人賞を受賞。03年同誌にて「ラゴンリバイブ」で連載デビュー。その後、青年漫画誌にフィールドを移し多くの作品を発表する。現在は「くらげバンチ」にて「お前はまだグンマを知らない」を連載中。

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