花袋のライフワークであった旅を追体験して

収蔵資料展「旅する小説家―花袋とゆく夏の山水処々―」

「旅はどんなに私に生々(いきいき)としたもの、新しいもの、自由なもの、まことなものを与えたであろうか。旅に出さえすると、私はいつも本当の私となった。」(『東京の三十年』「私と旅」大正6年)

明治22年(1889)に初めての旅に出て以来、旅行は花袋のライフワークのひとつでした。旅先での経験をもとに執筆した紀行文は約200編を数え、その一つひとつが、その土地の風土や産業、人々の暮らしについて、臨場感たっぷりに描かれています。

本展では、花袋が行った旅行の中から、特に花袋の思想や作品に影響を与えた「夏の旅行」をご紹介しています。

なかでも、明治31年(1898)の伊良湖(現愛知県田原市)滞在前後にやり取りされた手紙からは、当時互いに志を共有し、影響しあった松岡(柳田)国男や島崎藤村らとの深く親密な交流を読み取ることができます。

松岡国男ハガキ(花袋宛)明治31年8月10日付
島崎藤村書簡(花袋宛)明治31年9月17日付

この旅行の前に伊良湖から出された国男からの書簡には、「遙ニ君を思ふ」と花袋の来遊を心待ちにしている様子が表れています。また、藤村からの書簡は、花袋の来訪を喜ぶとともに、帰途で暴風雨に見舞われた花袋の安否を心配しているものです。このほかにも、青春時代の花袋の交友関係が分かる手紙を3通展示しています。

また、本展では「親子の旅」として、父親としての花袋にもスポットを当てています。大正7年(1918)の東北方面への旅行に、花袋は当時17歳の長男・先蔵と、15歳の次男・瑞穂を連れて行きました。この旅行の紀行文「猊鼻渓を見る」(大正8年)や「葡萄峠を度る」(同)からは、険しい山道でも子どもたちを先導していく頼もしい父親としての一面も垣間見えます。

展示では先述の資料以外にも、実際に花袋が旅先で見た風景の写真パネルや、旅程をメモした日記、花袋が行程を書き込んだ地図などから、花袋の旅行を追体験できます。依然として遠方への旅行が難しい状況が続いていますが、本展が少しでも旅行気分を味わえる場となれば幸いに思います。みなさまのご来館をお待ちしております。

展示風景
小林里穂さん(館林)

館林市教育委員会 文化振興課文化財係
小林 里穂 さん

2017年國學院大學文学部哲学科美学・芸術学コース卒業。同年、館林市役所へ入庁し、文化振興課で田山花袋記念文学館の展示企画業務や資料の収集、保存管理事業を担当している

■田山花袋記念文学館(館林市城町1・3)■0276・74・5100■10月18日まで■午前9時~午後5時(入館は午後4時半まで)■月曜休館■10月4日午後2時から、展示解説会実施(事前申込み不要)■一般220円、中学生以下無料

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