夏が来れば [バブル経済がはじけて間もない30年前の今ごろ…]

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バブル経済がはじけて間もない30年前の今ごろ。本末転倒な自称「苦学生」だったある日、バイトざんまいでめったに寄りつかないキャンパスに足を運ぶと、正真正銘の苦学生にして寡黙な九州男児に声をかけられました。「山登りが趣味だったな。頼みがあるんだが……。尾瀬に連れて行ってくれないか」

津々浦々から集う友人たちの中でも、鹿児島の離島出身の彼はひときわ異色。工事現場で日焼けし、夜は司法試験の勉強に打ち込んでいました。なんで尾瀬?「島でも『〽夏が来れば思い出す~』って習ったよ。どんな光景なのか、見たくてな」

ずっとエースで4番、島を出たのは練習試合が最初。初めてエスカレーターに乗ったのは大学受験の時。独学で二浪の末に合格すると、全島民が港で見送ってくれた――。愛知出身の友人も交え、そんな話を肴に缶ビールを傾けたのは上野発の夜行列車の中。旅慣れぬ彼が沼田駅で切符の紛失に気づいたのはご愛敬。

静かに木道を歩き、風に揺れるニッコウキスゲやチングルマに癒やされ、至仏山の頂上でおいしい空気を胸いっぱいに吸い込むと、「この心地よい風と景色、島のみんなにも伝えよう」。さわやかな笑顔でした。

しばらく勉強を続けた後、島に戻り、故郷の町の幹部職員として大活躍の様子。こちらは転勤続きで各地を渡り歩くうち、すっかり疎遠になってしまいました。久しぶりに語らいたい。「おい、島の風は優しいか?オレも心地よい群馬の風に吹かれて何とかやってるよ」

(朝日新聞社前橋総局長 本田 直人)

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