「お蚕様」も遺産[1月27日号]

関西出身の私にとって、油揚げは「おあげさん」、粥は「おかいさん」。社寺も「さん」付けで、兵庫県の実家近くにある聖徳太子ゆかりの寺は「おたいっさん」。大阪なら住吉大社は「すみよっさん」です。上京し、関東では一般的でないと知りました。
群馬に住み、それを思い出したのは、「お蚕様」という言葉を度々、目にするからです。「おかいこさま」のほか「おこさま」とも。子どものように手をかけて育て、農家の収入を支えた蚕への、慈愛と敬意を感じさせる表現です。
県立日本絹の里(高崎市)で2月5日まで開催中の「かいこが紡ぐことばと生活展」を訪れ、蚕は成長期により多様に呼び分けられていることを学びました。1~4回目の休眠と脱皮にそれぞれ呼称があり、地域によって少しずつ異なる。作業と結びついた豊かなことばに驚きます。
養蚕に働いた人たちは、熟蚕のズー、病気で溶けて死ぬタレコといった蚕の様態に、自分の人生を重ね合わせても語る。「アシモ ズーンナッタ」は、県立女子大の新井小枝子准教授によると「私も年をとった人になった」。人生を全うすることを「良い繭をつくる」と言い表す。「群馬の養蚕ことばは、この地で養蚕に力を注いできた人の、誠実に生きた証です」と新井さんは記します。納得です。
富岡製糸場と絹産業遺産群は、近代産業の象徴として世界遺産となりました。ならば、産業を支えた人々の労働と暮らしの中で育まれた文化や信仰、慣習、ことばもまた、記録され、記憶されるべきではないか。全国一の養蚕県でこそ、できることだと思います。(朝日新聞社前橋総局長 岡本峰子)