学者・評論家・作家 布施 英利 さん

「骨を見ていると、人間や地球、果ては宇宙まで見えてくる」と布施さん=東京芸大の美術解剖学研究室で

【心を砕くのは「いかに書くか」】

「文章の可能性を開拓して50年後、100年後も残るような本を作りたいですね」

 

【最新刊のテーマは構図】

おかっぱ頭に丸眼鏡。特異な風貌は、画家の藤田嗣治を彷彿とさせる。学者、評論家、作家と多彩な顔を持つ。専門は美術解剖学。芸術作品を創作する上で必要な人体の構造や形態の仕組みを探求する学問だ。アニメや漫画ブームを受け、ここ数年、脚光を集めている。「僕らが学生の頃は将来性の薄い学問で、研究室は零細企業とも言われていた。分からないものですね(苦笑)」
「バカの壁」で知られる養老孟司の弟子で、養老氏との共著「解剖の時間 瞬間と永遠の描画史」(88年)を皮切りに「脳の中の美術館」(同)や「モナリザの微笑み」(09年)など、これまで30冊以上の著書を発表。今月中旬、「構図がわかれば絵画がわかる」を出版したばかり。新刊では構図をキーワードに、絵画の見方やアプローチ方について独自の方法論を展開。線・色・形だけでなく人体など美術解剖学的な見地から美を生む構図に迫っている。「社会的背景など周辺から絵画を捉えるのではなく、モノそのものの価値を伝えたかった。構図にあるものはたった一つ。それは、宇宙の在り方を要約しているということです」

【芸術のど真ん中は文学】

旧鬼石町生まれ。本好きな少年だった。高校生の頃から小説を書き始め、将来はモノ書きとして生きていきたいと思うようになる。「美術も好きでしたが、地方都市の宿命で本物に触れられる機会は少ない。でも、本は図書館に行けばいつでも読める。当時の僕にとって、芸術と言えば文学がど真ん中でした」
文章を書くための対象として何を学んだら良いか—高校3年の夏に出した答えが美術だった。東京芸大へ進み芸術理論や美術史を学ぶ。が、日々の授業に違和感を覚えるようになる。「美術館で本物の絵を観た時、『あぁ良いな』って感動する。そこから出発するのではなく歴史から迫る美術史にギャップを感じた」
別の切り口から美術を捉え直そうと、同大学院で美術解剖学を専攻。骨格や筋肉の構造を研究するうちに、今度は体の中が実際どうなっているか知りたくなり東京大学医学部の養老孟司研究室の門を叩く。

【まさにノーサインの人】

芸大から東大へ—養老教授の助手として数々の人体解剖に立ち会うも、研究指導は一切受けなかったという。「『こうしなさい』とは絶対言わない。オリックス時代のイチローに仰木彬監督はサインを一度も出さなかったと言いますが、養老先生もまさにノーサインの人。好きなことを自由にさせてくれました」 解剖学研究の傍ら、「死体を探せ」「死体論」といった刺激的なタイトルの著書を立て続けに出版し、90年代初めに「死体ブーム」を巻き起こす。約10年、養老教授と一緒に過ごす中で、人体にしろ美術にしろ機能や役割、目的から入るのではなくまずはモノに即して考える、いわゆる解剖学的な見方を徹底的に学んだ。さらに、原稿の書き方からマスコミとの付き合い方まであらゆることを吸収していった。「学者としても作家としても人間としても、本当に骨格がしっかりしている人。今の僕があるのは養老先生のお陰です」

【生粋の文章バカですね】

35歳で東大を離れ以後8年間、作家活動に専念する。美術評論集から鑑賞入門書や脳科学エッセー、サブカルチャー本、小説まで話題作を次々と世に送り出す。当時、月十数本の連載を抱えながら一方でテレビ番組やCMにも出演、マルチな才能を活かし活躍の場を広げていった。
03年、母校に戻り現在に至るまで、准教授として美術解剖学の指導に当たる。執筆は大学での講義や講演活動などの合間に行う。「適度な運動が体に良いように、僕の場合は文章を書いていると元気になる。生粋の文章バカですね」

【血の通った言葉を使う】

研究がメインと思いきや、主軸はあくまでも文章を書くこと。評論、エッセー、小説とジャンルは幅広く、美術、死体、脳など扱うテーマも多岐に渡るが、言いたいことはいつも「たった一つのこと」という。
毎回、「何を伝えるか」と「いかに書くか」に心を砕く。例えば、新刊では構図を通して絵画の見方を論じているが、一方では本一冊を絵画に見立て文章全体の構図化に挑んでいる。「構図を他人事のように語っても言いたいことは伝わらない。自らが文章で実践することで、説得力は生まれる。本を書く時には必ず自分の体のフィルターを通した、血の通った言葉を使うようにしている」

【自分に嘘をついていない】

デビュー作「脳の中の美術館」を発表してから四半世紀が経つ。年1冊ペースでコンスタントに出版し続け、学者、評論家、作家としてのキャリアを着実に築き上げてきた。これまでの実績を、「低空飛行ではあるが、とりあえずは落っこちてはいない」と評する。「それは自分に嘘をついていないからだと思う。一番基本的なこと、本当のことが書かれていなければ本は生き延びることが出来ない。文章の可能性を開拓して50年後、100年後にも残るような本を作りたいですね」 眼鏡の奥の目がキラリと光った。

文:中島 美江子
写真:高山 昌典

【プロフィル】Hideto Fuse
60年藤岡生まれ。東京芸術大大学院博士課程修了後、東京大学医学部助手として、養老孟司氏の下で解剖学を学ぶ。現在は東京芸大准教授。専門は美術解剖学。「脳の中の美術館」「死体を探せ」「モナリザの微笑み」「美の方程式」「構図がわかれば絵画がわかる」など著書多数。神奈川在住。

 

〜布施さんへ10の質問〜

「何なんだこの人は」って会うたびに思いますね(笑)

—最新刊について

新しい絵画の見方を紹介している。美術作品は本物を見るのが一番ですが、美術館に行く前や行った後に読んでもらえると、また違った発見があって楽しいと思います。

—愛用の仕事道具は

11インチの「MacBook Air」(マックブックエア)=写真。コンパクトなので重宝してます。

—尊敬する人は

養老孟司先生。助手時代から30年近くお世話になっているが、常に目標にしている。先生のスゴイところは出会った時に研究者として絶頂期を迎えていると思ったら、数年後にはテレビに出て有名になり、その数年後には「バカの壁」が大ヒットして一躍時の人になった。学者として作家として、今も変わらずピークが続いている。というか、どんどんピークを更新している。追い付きたくても、全く追い付けない。「何なんだこの人は」って会うたびに思いますね(笑)。

—モットーは

その場その場を何とかやりすごす(笑)。その積み重ねが大事なんだと思う。

—文章を書くために必要な能力は

体力かな(笑)。もちろん、文章力や企画力、取材力、発想力は必須ですが、いずれも体力がないと生まれてこないですから。

—これまで訪ねた外国で、印象に残っている国は

ベタですが、フランスでしょうか。他の国とは空気が違うというか、何となくお洒落ですよね(笑)。

—最近ハマっているものは

台湾茶。今夏、台湾に行って以来、そのおいしさにすっかりはまってしまった。台湾茶器を何セットも購入し、自宅でも楽しんでいます。

—群馬のお気に入りは

焼きまんじゅうと味噌おでん。味噌の風味が好き。あとは古墳かな。小さい頃の遊び場でした。

—好きな食べ物飲み物は

魚以外の魚介類。貝類やエビ、タコ、イカなどは大好きですが、魚は体質的に受け付けない。飲み物はベルギービール。自宅には150種類位コレクションがある。チョコレートが入っていたりはちみつが入っていたり、バリエーションが多くて楽しい。あと、最近は泡盛にもハマっている。アルコールに弱いので、多くは飲めませんが(苦笑)

—家族構成は

妻、高校1年と3年の息子の4人家族です。

 

取材後記
取材場所の東京芸大美術解剖学研究室に行くと、骨格標本や頭蓋骨模型などが所狭しと置かれていた。作業机には解剖途中のマウス。ギョッとした。が、一番強烈だったのは布施さんその人だった。   専門は美術解剖学だが、脳科学から映画、サブカルチャーまで研究や批評の対象は多岐にわたる。フットワークも軽い。大学での講義の傍ら、新刊取材のためギリシャやイギリス、フランス、ドイツ、アメリカなどを1カ月1カ国ペースで訪れていたらしい。「美術が好きというか、旅が好きなんですね(笑)」 文化系と思いきや、かなりの体育会系なのだ。仕事ぶりはもちろん、4人家族なのに30数部屋もある旅館を改装した家に暮らしているなど、生き方そのものも実にユニークな人である。