映画監督 小栗 康平 さん

「映画の力」深めたい

「日本が受け入れた、西洋発の近代とは何だったのかを『フジタ』で問いたかった」

「泥の河」「死の棘」「眠る男」など唯一無二の映画で知られる小栗康平監督の新作「FOUJITA」(以下フジタ)が、来月14日から郷里の前橋を始め全国各地で公開される。「埋もれ木」以来10年ぶりに撮った日仏合作映画は、パリ画壇を席巻した世界的巨匠・藤田嗣治を題材に監督自らが脚本を手掛けた。フジタが生きた1920年代のパリと戦時の日本を通し、日本の近代とは何だったのかを問う。小栗監督に新作に込めた思いを聞いた。

【日本が受容した西洋近代とは】

Qフジタを撮るきっかけは

3年程前に持ちかけられた企画でした。最初は「え、あのフジタ」でした。エコール・ド・パリの寵児だったこと、戦時の日本でたくさんの戦争協力画を描いて、戦後に戦争責任を追及されたこと、日本国籍を捨てたこと、などなどごく一般的な知識しか持ち合わせていませんでしたが、じっさいにあちこちで画を見て、調べていくととても面白い。

Qどんなところに惹かれた

江戸の末期まで油画などというものは日本にありませんでした。明治生まれのフジタが単身でパリに渡って成功するには、大きな文化の衝突を乗り越えていかなくてはならなかった。「乳白色」で人気を集めた裸婦像は、浮世絵のような平面性、細い線描、明らかに日本的でした。フジタなりの換骨奪胎です。宣伝屋と悪口を言われようが、とにかく油画の本場で認められて売れなくてはならない。それはなまじっかのことではなかった。フジタはそこで近代的な自我といったものを身につけていったのでしょう。一方で、国民国家という名のもとに戦争に突き進んでいた日本は、国民というよりは臣民としてくくられていた。フジタはその二つのまったく異なる社会、文化、自我の在りようを生きた。戦後に戦争責任を問われても、逆に問う側こそ何てヤワなんだと感じていたのではないか。ヨーロッパ近代をどう受容したか、例えば詩人の高村光太郎の生き方と比べてみるとその違いは一目瞭然です。

Qフジタ像をどう構築したか

スキャンダラスなエピソードには事欠かない人だが、伝記映画にするつもりはなかった。むしろその騒がしく伝わってきていたフジタ像を静めていくことの方が先だった。すぐれた画は誰のものであれそうでしょうが、静か、です。フジタの画には独特な静けさがある。そこから出発する、そこに映画としての表現を求めていく。過去形でフジタを追い求めることではありませんでした。

【強く厳しい画が撮れた】

Q新作を撮り、再認識したことは

絵描きが主人公の作品ですが、絵画も映画もキャンバスなり画像と言うフレームに事物を置き直していく、ということではいっしょですね。日常とは違うモノとの「出会い直し」を提示する。ただ、絵画と違い映画には言葉があるので、どうしても物語を優先して理解しようとしてしまいます。感覚的だったり非論理的だったり、フジタが画で問いたかったことを映画でも問うことが必要でした。ですから、今作は、過去の作品よりも強く厳しい画が撮れたかな、とは思っています。

Q今作で試みたことは

20年代のパリ、戦時の日本を並置して、2015年の視点から透視するという構造ですね。映画には映画の独立した時間があります。それはいわば強制されているものです。パリに旅行に行って帰ってくる、といった体験とは根本的に違います。時代も文化も異なる2つの国を同一の時間で繋げることで、見えてくることに気付く。これが映画の力。

Q主演オダギリジョーさんの印象

犬派か猫派かといえば彼は猫、ですね。柔らかく、しなやかな身体感覚のようなものがある。俺が俺がと前に出るのではなく、受け身の良さを持っている。頭で芝居をするのではなく感覚から役に入ってくるからでしょう。いいフジタになりました。

【群馬上映は大きな喜び】

Qフジタ作品とは

「泥の河」「伽?子のために」「死の棘」で自分なりに戦後を描いてきたつもりですが、人物のエピソードに映画を預けていくことの窮屈さを感じるようになって、「眠る男」「埋もれ木」と進んで行ったように思っています。フジタは前3作と後の2作が合わさったような作品で、一つの円環、と自分では捉えています。Q 戦後70年に公開されることは

20世紀は戦争の世紀でした。近代の国民国家が単位となって起こした世界大戦が二つもありました。フジタはその両大戦を生きています。私は敗戦の年に生まれました。そのことに特別な意味がある訳ではないが、自分というものを見つめる時、その年号が必ず出発点になっています。期せずして戦後70年での公開となりました。

Q作品で伝えたいことは

世の中も映画もそうですが、あまりにもわかりやすいことばかりが大手を振っている。わかりやすさの一番は数字です。数字が表す経済です。それが身にしみついていて、とれなくなっている。見聞きして、すぐわかるようなことばかり信じるな、といいたいですね。あらゆるものが情報化され、見えるものだけのことを相手にして、一人ひとりの生き生きした感情が見えなくなっています。映画はそれを取り戻すことです。

Q群馬の皆さんにメッセージを

製作費の全額を税でまかなうという、日本では前例のない方法で群馬県は「眠る男」を作らせてくれました。あれから20年経ちますが、「眠る男」があって、今の自分、フジタがあると思っています。今回も単純な商業の枠からは出てこない映画で、いろいろな奇跡が重なって完成しました。もう一度、群馬で上映できる喜びを感じています。あとはまあ、ぜひ劇場で観て下さい、それしか言えないですね(笑)。

文・写真/中島美江子

【プロフィル】Oguri Kohei
5年前橋生まれ。81年デビュー作「泥の河」でモスクワ映画祭銀賞、90年「死の棘」でカンヌ映画祭大賞、96年群馬県が製作した「眠る男」でモントリオール世界映画祭審査員特別大賞を受賞。栃木県益子町在住。