植物写真家 埴 沙萠 さん

「植物を撮ると、植物の美しさが自分のものになったような気がするんです」と埴さん=みなかみ町で

草木の生態見つめ続け半世紀

多くの人が見落としている植物の不思議を写真を通して見せてあげたいですね

 

【植物の生き方の美しさ感じて】

草木の生態を見つめ続けて半世紀。植物写真家として第一線で活躍し続けている。昨春、NHK番組「足元の小宇宙−82歳 植物写真家と見つめる生命」が放映されたが、埴沙萠さんの1年を追ったドキュメンタリーは多くの人の心を捉え、放送後の3日間で埴さんのHP(http://ciabou.com/ciabou/)アクセス数は13万件を超えた。その後、NHKスペシャルを含め5度の再放送と英語版による国際放送が行われた。空中にフワリと舞うツクシの胞子、勢いよく花粉を撒き散らすカテンソウ、宝石のような水玉をまとったワレモコウの葉−画面には草木のエネルギーと、それを捉えようと奮闘する埴さんの情熱が映し出されていた。
テレビ番組の反響を受け、昨年末には植物写真とエッセイを収めた「足元の小宇宙 82歳の植物生態写真家が見つめる生命」が出版された。生命の輝きと植物への深い愛情に満ちた写真エッセイ集は昨夏、約1カ月かけて書き上げたという。「家にこもりきりだったため4キロも太ってしまったが、お陰で納得のいく一冊に仕上がりました。花の色や形など見た目だけでなく草木の生き方の美しさ、その仕組みや構造の素晴らしを感じてもらえたらうれしい」

【サボテン撮影がきっかけ】

幼い頃から草木に囲まれて育つ。小学3年の時、自宅の裏2階に下宿していた女性教師の影響から植物に強い興味を持つようになる。17歳で植物学を学ぶため上京。東京大学の理学教室に通うも、「どうも面白くない」と感じていた矢先、作家でサボテン研究の第一人者だった龍膽寺(りゅうたんじ)雄さんと出会う。「栽培の手伝いをしながらサボテンの勉強を始めましたが、過酷な環境に生きる知恵や特異な雰囲気、詩情豊かな形態にすっかり魅了されました。写真を撮るようになったのも、龍膽寺先生から図鑑用のサボテン撮影を頼まれたのがきっかけです」
当時、「ミスターシャボテン」としてテレビや雑誌など様々なメディアに取り上げられたが、そんな時に東京農業大遺伝育種学研究所の近藤典生所長からの依頼を受け、同研究所内の「沙漠植物研究室」創立に尽力する。その後、同大を辞め瀬戸内海の屋代島(山口県周防大島)に移り住む。サボテンを中心に様々な植物を観察する一方で、月刊「Shaboten」「沙漠の花」を発行し国内外のシャボテン愛好家に栽培指導などを行っていた。37歳で故郷の大分に帰郷。サボテンから学んだ植物の知識を活かし、山野の植物生態撮影を本格的にスタートさせた。

【雪の中の植物が見たい】

「雪の中の植物が見たい」と思い立ち、みなかみ町藤原にスタジオを構えていた後輩の動物写真家・飯島正広さんの協力で、家族と共に同町の伊賀野地区に移住してきたのは20年前。自然に囲まれた赤い屋根の家に暮らしながら日々、サボテン栽培や植物の撮影に明け暮れる。雨の日に舞うキノコの胞子や霜柱に覆われたシモバシラなど、決定的瞬間を捉えた代表作の数々はこの地で生まれた。「これといって特別な草木はないけれど春夏秋冬、オールシーズン撮るものがたくさんあるので全く飽きない。だから、ほかの場所に行く必要がないんだな。ここに引っ越してきて、本当に良かったですよ」

【毎日、新しい発見がある】

伊賀野の里での1日は朝の散歩から始まる。運動を兼ねたウオーキングは約1時間。カメラ2台とレンズ2本、手製の三脚や膝当てなど合わせて5キロ以上の荷物を背負い自宅周辺を歩きながら季節の題材を探す。一見、何もないように見える冬でも道端にはユキノシタやフキノトウ、オオイヌノフグリなど様々な植物が息づいている。気に入った被写体を見つけると、すぐさま撮影開始。レフ板をあてたりアングルを変えながら、納得がいくまで何カットもカメラに収めていく。「何を撮ろうか、どう撮ろうかと考えている時が一番楽しい。いつも同じ道を通っているが見慣れた草木にも意外な一面がある。分からないことだらけ。毎日、新しい発見がありますよ」

【足元に広がる楽しい世界】

今まで撮りためた写真は50万点以上。植物の不思議を捉えた写真は多くの人の共感を呼び、「植物記」「サボテンのふしぎ」「きのこ ふわり胞子の舞」など30冊を超える図鑑や写真エッセイ集が出版されている。「植物の素晴らしい世界を多くの人に知ってほしい」と、10年前からは自身のHP上で、毎日その日に出合った植物写真と共に簡単な文章を添えてアップしている。「草木が繰り広げる命のドラマは言葉に尽くせぬ美しさがある。見えているけど見ていない、そんな多くの人が見落としている植物の不思議を写真を通して見せてあげたいですね。少し歩みを止めて足元に目を向ければ、そこには飛びっきり楽しい世界が広がっているんですから」
今月3日に83歳の誕生日を迎えたばかりだが、植物への情熱と好奇心と愛情はとどまるところを知らない。今年は植物生態図鑑やサボテンの写真エッセイなどを出版する予定だ。「まだまだ、やることがいっぱいですよ」 植物写真家はまだ見ぬ感動や驚きを求め、これからも全力で走り続ける。

文・写真:中島 美江子

【プロフィル】Ciabou hany
31年大分県生まれ。49年にサボテン研究家龍膽寺雄に師事。60年、山口の周防大島に移住。68年、郷里の大分に戻り植物の撮影を始める。94年からみなかみ町で活動を展開。「植物記」「足元の小宇宙」など著書多数。みなかみ町在住。

 

〜埴沙萠氏へ10の質問〜

ほぼ毎晩、晩酌しています(笑)

—好きな食べ物は飲み物

お刺身や焼肉。コテコテしたものは嫌いです。生(き)のままで食べるのが好き。なるべく加工していないものが良いですね。自宅の囲炉裏で、よく焼肉やシャブシャブをして楽しんでいますよ。飲み物はアルコール全般。ほぼ毎晩、晩酌しています(笑)。湯上がりはビールですが、食事の時は食べ物に合わせて、ワインや焼酎、いろいろです。ブランデーが一番好き。でも食事の時は絶対に飲みません(笑)。息子が帰省すると2人で一晩1本は開けちゃうね。

—愛用の仕事道具は

キャノンのカメラ=写真。EOS60やEOS5DIIなど十数台は持っています。一番使うのは今のところEOS70かな。あと、手製の三脚や膝当てなども必須アイテム。カメラの新製品が出るたびに、それらを作っています。

—尊敬する人は

師匠だった龍膽寺雄氏(1901〜92年)です。作家でありサボテン研究の第一人者でしたが、本当に想像力豊かな方でした。私は文章を書く際、漢字や外来語はなるべく使わない。大和言葉的というか誰にでも分かりやすい文体を心掛けているのですが、それは龍膽寺先生の影響だと思います。といっても、実は龍膽寺先生の作品はあまり読んでいないんですけどね(苦笑)。

—みなかみ町の魅力は

何にもないところかなあ(笑)。のんびりできるところが好きです。

—群馬のオススメは

雪のシーズンの谷川岳。あの神々しい姿が見られるだけでも、群馬に引っ越してきて良かったと思います。上毛三山に入ってないのが残念ですが。

—モットーは

モットーを持たないのがモットーでしょうか(笑)。

—これからやりたいこと

やりたいことは、もう全部やっていますね(笑)。これからも、植物の写真撮影をずっと続けていきたい。

—習慣は

ウオーキング。習慣ではなくて強制ですね(苦笑)。足の痛みをいじめて追いやるためのストレッチです。ブランデーも習慣とは違いますが、良い気分の時、良い風が心の中に広がった時、コニャックの風味が恋しくなった時に飲みますね。

—趣味は

シャボテン栽培=写真。趣味と実益を兼ねて、その生態をずっと観察していきたい。かなりの種類を育てていますが、本当に面白いですよ。

—家族構成は

妻と長女の3人暮らし。あと、東京に息子家族がいます。

 

取材後記
所有するカメラは十数台。三脚など撮影に必要な道具は、ほとんど自分で作るという。カメラはもちろん、パソコンもサクサクと使いこなす。実に頼もしい。「もっと面白くて、もっとスゴイ写真が撮りたいんだよ」と熱っぽく語る表情はまるで少年のよう。「好きなことがあるのは良いなと思いますね。終わりがないというか何というか(笑)」 妻の杉山雅子さんも言うように、植物への情熱や愛情は限りなく深い。服装もユニーク。レインボーのセーターにニット帽と全身虹色でコーディネート。埴さんからは7色に負けないエネルギーが放出されていて見ているだけで元気になる。恐るべき83歳だ。