漫才コンビ「昭和のいるこいる」ボケ担当 昭和こいるさん

昭和こいる さん
お馴染みのポーズをする昭和こいる師匠。「浅草は第二の故郷。良く声をかけられるから、嫌な顔できないんですよ」と笑う=浅草東洋館前

「肩の力を抜いて『自分基準』を大切にして夢中になれるものを見つけて」

「しょうがねぇ、しょうがねぇ」「大変だ、大変だ」「はいはいはいはい」 先月17日、浅草東洋館の舞台に登場。お得意の繰り返しギャグと、顔の横で両手を上下小刻みに振りながら会釈するお馴染みのポーズで会場を爆笑の渦に巻き込む。漫才コンビ「昭和のいるこいる」のボケ担当、芸歴52年の大ベテランだ。現在、相方のいる師匠が療養中のため2013年から一人で舞台に立つ。コンビでもピンでも大切にしているのは「子どもから高齢者まで楽しめる笑い」だ。爆笑問題、サンドウィッチマン、ナインティナイン、おぎやはぎ、ナイツ、U字工事ら旬の芸人とも多数共演、芸に更なる磨きをかける。東京漫才界の大御所・こいる師匠に笑いや舞台への思い、生涯現役のコツなどを聞いた。

【のいるさんと復活の舞台をしたい】

Q今、お一人で舞台に立っていますね

相方の昭和のいるさんが療養中だからね、コンビ別れした訳じゃありませんよ。たまに、違う人と組んで漫才もしますが基本一人。冒頭にのいるさんの話をして、その後に楽屋話などを面白おかしくしゃべる。5年経つけど全然慣れなくて、いつもカンペ持って舞台に上がっています。

Q漫才師になろうと思ったきっかけは

小さい頃から歌手になるのが夢だったけど、学生時代にバイト先の歌声喫茶でのいるさんと出会ってね。僕らの掛け合いが歌よりウケて、ある人から漫才やってみたらと言われてその気になっちゃった。「2人で世界のエンターテナーを目指そう」ってね。

Qこいる師匠にとって、のいる師匠の存在は

今もよく舞台の夢を見るけど、必ずのいるさんがいるの。コンビ組んで50年以上。カミさんより長い付き合いだからね。ボケって素人でも出来るけど、それを生かしてくれるツッコミがいないと成り立たない。僕を自由に遊ばせてくれて、どんどん笑いにしてくれるのがのいるさん。漫才は2人芸だから、右手がのいるだったら左手はこいる。どっちがなくても出来ない。いつかまた、のいるさんと復活の舞台をしたいね。

【思いっきり楽しんでやる】

Qどのようなネタをしていますか

子どもから高齢者まで、みんなが一緒に笑えるネタですね。年寄りを大切にするとか子育ては大変だとか、世間一般のことをのいるさんが説教っぽくならずに話して僕が茶化しながら壊していくのが我々のスタイル。コンビでもピンでも悪口や下ネタ、政治ネタはしない。日常ネタは安心して聞けるし、共感してもらえるからね。

Qお馴染みの名調子やポーズが誕生したきっかけは

どっちもアドリブから出来たもの。僕は早口でせっかちだから、のいるさんの話が待てなくて、「そうかい、そうかい」「はいはいはい」って適当に流したり茶々入れてたら、それがウケちゃって。ポーズもそう。あれ、のいるさんに謝っているフリして実はおちょくってるの。一応、計算して笑いを作るんだけど舞台では予想外のことが起こるからやめられないね。

Q舞台で大切にしていることは

沈んだ声で「そうかい、そうかい」と言っても誰も笑わないでしょ。だから、いつも声のトーンとテンション上げて自分も思いっきり楽しんでやる。僕にも悩みはあるけど、お客には関係ないからプライベートはスパッと切り離す。袖から出た瞬間、「昭和こいる」にスイッチを切り替えてますよ。

【笑いは心にも健康にも良い】

Q長く続けてこられた秘訣は

漫才以外やることがなかったからね(笑)。僕らコンビ組んで今年で52年になるけど、別れたいと思ったことも何度かありましたよ。言いだしっぺはいつも僕。だけど、お酒飲んでるから翌日ペロッと忘れちゃう。まあ、のいるさんが大人だから続けてこれたんでしょうね。あとね、2人ともカミさんがいなかったら無理だったね。仕事がない時に支えてくれたから。漫才も結婚も長く続けるコツは別れないこと。当たり前だけどね(笑)。

Q舞台の醍醐味は

お客の笑いに尽きる。それが好きでこの道に入ったからね。舞台に立つと、お客の期待がどのくらいかすぐ分かる。高くても低くてもプレッシャーだけど、そこで沸かせた時は芸人冥利に尽きるね。ただ、全くウケない日もあるよ。そんな時は「今日のお客は日本語分かんねんだから、しょうがねえ」って諦める。いちいち気にしてたらやってらんないよ(笑)。

Q笑いの力とは

何年も前に鈴本演芸場で漫才をやった後、スタッフから封筒を渡されたの。ご祝儀かと思ったら人身事故の加害者からの手紙。その人、落ち込んでたけど、「嫌な事があったって、いくら考えたってダメなものはダメなんだから気にしてもしょうがねえ」っていう僕らの漫才を聞いて、気が楽になってまた前向きに頑張ろうと思えたって。僕らの舞台で救われる人もいるんだと、うれしかったね。笑いは心だけじゃなくて健康にも良いみたいだから凄いよね。

【県民性も群馬弁も大好き】

Q師匠にとって群馬は

いつ行っても良いねえ故郷は。お陰様で4人兄弟全員元気だし。僕もだけど群馬県人は、ちゃらんぽらんというか良い意味でいい加減。あと、せっかちでしょ。群馬に帰って知り合いに会うと、「いつ帰るん?」って。今来たとこだって(笑)。あっけらかんとした県民性も群馬弁も大好きだね。

Q趣味を教えて下さい

お酒と読書とカラオケ。舞台の後の一杯のために仕事しているようなもの(笑)。読書は移動の時にするけど、好きなのは伝記もの。カラオケは良い気分転換になってるよ。

Q健康のために取り入れている習慣は

特別ないねえ。自慢じゃないけどお酒は毎晩。野菜を多めに取るけど基本、好きなものを食べるしタバコも吸う。あまり気にしないのが良いのかもね。運動も特別してないけど40年以上体型変わらないし。ただ、最近カミさんから「歩き方がジジくさい」って言われるから、背筋伸ばしてシャキッと歩くようにはしているけどね(笑)。

【ミュージカルをやりたい】

Qこれからやりたいことは

声がかかれば、ミュージカルをやってみたいね。大学時代、ミュージカル研究会にいたくらい好き。ダンスは厳しいけど、歌は自信ある。昔からの夢で、今も全然諦めてないですよ。

Q人生におけるモットーは

「笑いの和」。漫才に限らず、普段から笑いで人を和ませたいね。あとね、相手に対しての気配り、心配り、目配りを大切にしています。年を取るとワガママになるから、気を付けないといけないね。

Qシニア世代に向けて豊かな人生を送るコツを教えて下さい

いくつになっても夢を忘れちゃいけないよ。この道50年以上になるけど、観る人を自分の芸で喜ばせたい、感動させたいって夢は変わらない。お客の「笑い」が僕の活力。皆さんも自分の夢を大切にしながら、好きなことをやった方がいいよ。あとね、人間どうせなら楽しい事を考えた方が得。嫌なことを引きずってても過去は変えられないからさ。日々を楽しみながら、前向きに前向きに行きましょう!

文・撮影 中島美江子

【プロフィル】しょうわ・こいる

1944年伊勢崎生まれ。日本大学芸術学部音楽科中退。獅子てんや・瀬戸わんやに師事。1966年、のいるとコンビ結成。1976年に第24回 NHK漫才コンクール最優秀賞、2001年に第17回 浅草芸能大賞 奨励賞を受賞。「爆笑ヒットパレード」「めちゃ×2イケてるッ!」「徹子の部屋」など人気テレビ番組に多数出演。現在も浅草東洋館など数々の舞台に立つ。漫才協会所属。

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