芥川賞作家 絲山 秋子 さん

「執筆していると理屈では考えられないことが思い浮かんでくる。そこが面白い」と絲山さん=前橋のフリッツアートセンターにある公開書斎「絲山房」

「谷崎賞を頂き、『小説を書き続けていいよ』と背中を押された気がします」

高崎に住む青年が人との交流を通して変化していく様子を描いた「薄情」(新潮社)が、今年の谷崎潤一郎賞に決まった。03年にデビュー。以来、川端康成文学賞(04年)や芥川賞(06年)など数々の賞に輝く。06年から高崎に居を構え、執筆活動を続ける実力派作家に、「薄情」への思いや群馬との関わりなどを聞いた。

【「薄情」】舞台は群馬。主人公の宇田川静生は、他者への深入りを避ける日々を過ごしてきたが、高校時代の後輩女子や東京から移住した木工職人らとの交流を通し徐々に考えを改めていく。季節の移り変わりとともに揺れ動く主人公の内面、世間の本質を映し出す長編小説。定価1500円(税別)

【全ての関係性を書きたい】

Q谷崎賞を受賞した時の気持ちは

驚きました。電話を頂いた時は原稿依頼かと。選考委員も過去の受賞者も素晴らしい方ばかり。憧れていた賞を頂くことができうれしいです。

Q本作は群馬を舞台にしていますが

連載前から決めていました。私が群馬を地元と感じ、愛着を持って暮らしているのを周りの人も知っているので、例えネガティブな現象を描いても単なる批判にならず本意が伝わるという自信がついたのも大きい。実際、もう書かなきゃと思ったのは14年2月、大雪が降った時です。群馬は災害がないと安穏としていましたが、あの日を境に私も周りの人も地域も何もかも変わりました。生活が機能しないという初めての不安。その時、人はどう行動し、悩み、変化していくのか。群馬を舞台にする時、ここから始めなければと強く感じました。

Q本作で書きたかったことは

地元にいる人、出ていった人、戻ってきた人、よそから来た人、様々な人物が登場し、そこに仕事や恋愛、地域など色んな要素を盛り込んでいます。何か大きなドラマが起こるわけではなく、淡い色合いの日常が続いていく。メディアなどを通して、地方や地方に暮らす人はこういうものというステレオタイプなイメージが出来上がっていますが、そうではないところを言葉にしています。土地を書くことは時代を書くこと。群馬に暮らす人、土地、時代、全ての関係性を書きたかった。

Qタイトル「薄情」に込めた思いは

誰にも優しさがあれば薄情なところもある。何か後ろめたい思いが個人の中でどう生まれるのか、また他人のそれをどう見つめるのか。多くの意味や可能性を持つ言葉に惹かれました。義理人情の土地柄ゆえ天邪鬼的なニュアンスもありますが、完全なネガティブワードで使っていません。

【登場人物の意志を尊重】

Q毎回、新しい挑戦をしていますが

これまで以上に登場人物の意志を尊重するようにしました。話の筋を押し付けるのではなく聞き手に徹し、彼らに自由に行動してもらうことで自分基準では出てこない発想が浮かんでくる。作中人物と丁寧に向き合いながら、「あぁ、そうなんかい」と言いながら書きました(笑)。現実の人間関係と同じで、良い付き合いが出来ればコミュニケーションは深まるし相手を操ろうとすると絶対本音を教えてくれません。それともう一つ、普段の雑談を意識的に取り入れました。例えば、作中の「カバは博愛主義者」も知り合いから聞いたフレーズ。何年経っても変わらない、普遍性のある言葉を情景描写の一部として積極的に使っています。

Q執筆時のエピソードを教えて下さい

実は連載は一つ前の号で終わる予定でしたが、まだ1話あるような気がして待って欲しいと編集者に伝えました。主人公になったつもりで車を走らせていた時、ヒッチハイクの少年が「降りてきた」のです。最終章で新しい人物を出すことはあまりしないのですが、この存在は絶対必要だなと。後日談があるのですが、最終話を書き上げた翌日、運転中にヒッチハイクの若者と出会ったのです。「文学の神様」が遣わしてくれたのかなと思いました。登場人物が、まだ何か言いたそうだという直感を信じ、自分の都合で終わりにしなくて本当に良かったです。

Q受賞後、何か意識の変化はありましたか

デビューから13年経ちますが小説家として5年、10年後どうなっているか全く分かりません。谷崎賞を頂き「もう少し自信を持っていいよ」「小説を書き続けていいよ」と背中を押された気がします。

【自分に出来ることをやっていく】

Q群馬に住んで何年になりますか

11年目になります。とはいえ、サラリーマン時代に2年間住み転勤後も継続的に訪れていますから、群馬との縁は20年以上。全然退屈しないし毎日面白くてしょうがない。自分にとっては、もうここが「地元」です。

Q10年前から地元ラジオに出演し、今春から前橋の書店「フリッツアートセンター」に公開書「絲山房」を開設しました

現在、ラジオ高崎の朝の番組でパーソナリティーを務めていますが、来月から昼の新番組も担当します。生放送はやり直しがきかないですが、そこが面白い。絲山房には月2~3回ペースで滞在し、執筆や校正作業などを行っています。ラジオの公開生放送と一緒で、書いているプロセスを可視化し訪れた人に楽しんでもらえればいい。今までと同じことをしていても本は売れないし、新しい作家もどんどん出てきます。忘れ去られないよう、自分に出来ることをやっていくしかない。群馬での活動は、自分にとって良い影響をたくさん与えてくれますね。

【書きたいものは尽きない】

Q執筆で心掛けていることは

説明的な言葉は誤解されやすいけれど、行間に込めた思いはかなり正確に伝わります。それに、人は他人に言われたことより自分で気付いたことに喜びを感じます。たくさん書くのはかえって野暮。絵画で言うところの余白を大切にしたい。

Q今後、書きたいテーマは

現在、2作品を連載していますが、書きたい題材はいくつもあります。富山県を舞台にした小説、古代をテーマにしたロードムービーなど、いつか小説にしたい。富山はしょっちゅう行っていますし、東国文化についても勉強中です。書きたいものは尽きないですね。

Q群馬のファンのみなさんにメッセージを

群馬の風土から感じる力や、そこに暮らす人たちからモノの見方など色んなことを教えてもらっています。受け取る一方ですが、小説やラジオ、絲山房を通して少しでもお返ししていきたい。人生経験が浅くまだまだ未熟者ですが、これからも精進していきます。

文・写真/中島美江子

【プロフィル】Itoyama Akiko
1966年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、住宅機器設備メーカーに入社。営業職として福岡や高崎などに赴任後、01年退職。03年にデビュー。04年「袋小路の男」で川端康成文学賞、06年「沖で待つ」で 芥川賞、16年「薄情」で谷崎潤一郎賞を受賞。06年から高崎在住。