落語家 古今亭駒子 さん

「長生きして、いつまでも現役でお客さまを楽しませたいですね」と笑う駒子師匠。撮影場所の弊社会議室について「寄席をするのにちょうどいい広さ。今度、群馬出身の落語家を集めてやりましょう!」=朝日ぐんまで撮影

「お客さまに楽しんでもらえることが一番大切です。
実力を認められなければ次の出番はありません。
これからが本当の勝負です」

師匠である古今亭菊千代さんに入門し、15年の修業が実り昨秋、県内出身女性として初めて真打(しんうち)に昇進した。「ちよりん」から「駒子」と名を改め、更なる精進と努力を積み重ねる。国内だけでなく海外公演も精力的こなす。今月24日には甘楽町発足60周年記念事業「かんら寄席」に出演。地元での高座を務める駒子師匠に菊千代師匠や落語、高座への思いを聞いた。

【個性や感性がにじみでる落語を】

Q真打に昇進した時のお気持ちは

うれしさと共に師匠である菊千代はじめ、お世話になった方々への感謝の気持ちでいっぱいです。でも、真打昇進がゴールではありません。その後に真打披露興行が控えていましたし、真打になってからも一生落語家としての修業は続きます。責任重大だと身が引き締まります。

Q真打披露興行について教えて下さい

昨年9月21日から上野の鈴本演芸場を皮切りに都内の各寄席でそれぞれ10日間ずつ行われました。たくさんの出演者がいるなかで、最後に出演する主任(トリ)が興行の責任者です。真打になって初めて主任が任されます。私含め5人の新真打が日替わりで交互に主任を務めさせて頂きました。披露興行中は、とにかく必死で無我夢中でした。お客さまに満足してもらえる高座を務めるのはもちろん、楽屋の師匠方にも気を遣いますので。披露興行には多くのお客さまにお越し頂きました。なかでも嬉しかったのは地元甘楽町の皆さんがバスで駆けつけて下さったことです。本当にありがたいです。

Q真打としての意気込みは

落語は、同じ演目でも演者によって面白味や味わいが少しずつ違います。私の個性や感性がにじみでてきて、それを面白いと思ってもらえるようになりたいです。古典にしても新作落語にしても、古今亭駒子らしさを追求していきたい。お客さまに楽しんでもらえる事が一番大切です。実力が認められなければ次の出番はありません。これからが本当の勝負です。

Q「駒子」という名前の由来は

師匠の菊千代は、五代目古今亭志ん生の孫弟子です。大河ドラマ「いだてん」でもお馴染みの志ん生にも駒子という女性の弟子がいたそうです。将棋がお好きだった志ん生師匠の弟子には「駒」の字の入った名前の方がたくさんいらっしゃいます。残念ながら先代「駒子」の記録はあまり残っていませんが、古今亭らしい名前をぜひ頂きたいと思い、真打昇進を期に改名しました。自分では襲名だと思っています。

【普遍的な面白さに魅了】

Q落語との出合いは

上京してからいろんな舞台や公演を見に行くようになり、何でも自分の目で実際に見てみたいと思うようになりました。20代後半の頃、落語ってテレビでは見たことがあるが、どうやら毎日「寄席」というところで見られるらしいから行って見ようと思い立ったのですが、寄席って独特の雰囲気があって入りづらい。入口まで行って引き返したこともあります。初めて入場したのは池袋演芸場。虎穴に入らずんば、で、意を決して入場すると客席はガラガラ。誰でもやっぱり入らなきゃよかったと思いますよ。ところが落語は面白かったんです。至近距離の高座に次々と出てくる落語家はみな個性的な魅力を放ち、まさに池袋秘密クラブですね。電波には乗せられない不思議な世界にすっかり魅了されましたね。

Q菊千代師匠に入門した理由は

師匠の菊千代は、三遊亭歌る多師匠と共に女性で初めて真打昇進しました。客席でいろんな落語家を見ましたが、優しい人柄がにじみ出ている師匠の姿はとても魅力的でした。入門をお願いすると何度も会う機会を作ってくれて、師匠が経験されたご苦労などを親切に教えてくれました。「決して楽な世界ではないけれど、それでも気持ちが変わらないなら」と弟子に取ってくださいました。

Q前座時代はどのようなことを

入門が叶うと毎朝、師匠の自宅に通います。師匠の身の回りのこと、お宅の掃除、着物の整理、おつかい、何でもやります。師匠のお宅から寄席に行きます。噺家は寄席で育てられます。高座返し、出囃子の太鼓、師匠方の着物を畳んだり、楽屋の下働きをします。朝は早く夜は遅い。寄席は休みがありませんから、肉体的にも精神的にもとても大変です。でも噺家は前座からスタートですから。皆が経験する道なんですよね。

Q菊千代師匠の存在は

師匠にとって弟子は私一人。師匠はとても厳しいです。優しさゆえの厳しさですね。自分の弟子に一人前になって欲しいという気持ちがあるからこその厳しさ。噺はもちろん、楽屋のしきたりから礼儀作法まで色々と親身になって教えて下さいました。大切な存在です。

Q海外公演をしています

もともと旅好きだったので、二ツ目になって自由な時間ができると海外に行くようになりました。台湾の台南にあるゲストハウスの経営者に噺家だと伝えたところ、日台の友好企画を提案して下さいました。ご尽力のおかげで2014年に台南に住む日本人の方々と日本語を勉強する台湾の方に落語を披露する運びとなりました。それから知り合いを通じて、中国の北京や天津、広州、タイのバンコクなどの日本人会や日本人学校、大学などで公演を行っています。

Q海外公演の印象は

海外で暮らす日本人の方は、落語公演を楽しみにしてくれています。日本の文化に触れる機会は貴重なのだそうで、海外公演で初めて落語に接したという日本人の方も多く、とても喜んでもらっています。海外で知り合った方が帰国後、寄席に来てくれることも多い。日本語を学ぶ外国の学生さんたちも関心を持ってくれます。メディアを通して日本の「落語」を知ってはいますが、実演を見ると更に興味が深まるようです。

【100歳でも現役を続けたい】

Q落語の魅力は

間口も広いが、とてつもなく奥も深いのが落語の魅力。初めて落語を聞く人も笑えて楽しめます。興味を持って聞き出すと、もっと聞きたくなりますね。人間一人が座布団一枚の上で噺をするだけの原始的な芸能。それなのに演者の表現力とお客さまの想像力が相まって、頭の中にいろいろな世界が描かれる。バーチャルリアリティーがもてはやされる時代においても、いまだに落語は廃れていないんですよ。楽しい滑稽噺、ホロッとする人情噺。400年の歴史の中でたくさんの演者の手によって余分な部分が削がれ、研ぎ澄まされてきた古典。現代ならではの新鮮な視点が加わった新作。落語の魅力は尽きません。だからこそ、たくさんの方に聞いて頂きたいです。

Q24日はかんら寄席に出演します

地元での公演はやはり力が入ります。毎年開催して頂き、とてもありがたい

です。ぜひお越しください。故郷の群馬ですから、甘楽町はもちろん、お呼び頂ければどこへでも伺います。落語に興味を持つきっかけづくりをしたいですね。

Q今後の目標は

ありきたりですが、お客さまに気持ちよく笑ってもらい、満足してもらえる噺家になりたい。「長生きも芸のうち」という楽屋の名言があります。100歳になっても現役の噺家でいたい。見違えるように人気が出たり、うまくなったりすることを「化ける」と言いますが、いつ「化ける」機会が訪れるか分からないですからね。私も長生きしますから、お客さまにも長生きして欲しいです。

Q群馬の皆さんにメッセージを

落語を見たことのない人も、だまされたと思って一度、足を運んでみてください。同じ演目でも噺家によって味わいが違います。一人の演者が語るシンプルな芸能を体感してください。皆様のご来場をお待ちしています。

文・撮影 林哲也、中島美江子

Kokontei Komako
1972年生まれ。甘楽町出身。富岡東高-駒澤短期大卒。社会人を経て2003年に古今亭菊千代さんに30歳で入門。04年3月前座。前座名は「ちよりん」。07年5月二ツ目昇進。18年9月真打昇進、「駒子」と改名。国内だけでなく中国や台湾、タイなどで公演。最近では群馬が舞台となる「蒟蒻問答」や「塩原太助一代記」などの演目も手掛ける。出囃子は「Daydream Believer」。落語協会所属。東京在住。