「彫刻の問題」から[7月21日号]

先月宮崎に行った折、県立平和台公園に建つ「平和の塔」を訪れました。高さ37メートルの塔は、アンコールワットを想起させる石の造形。正面に「八紘一宇」の文字が刻まれます。建立は、日中戦争さなかの1940年。敗戦後の46年、戦争推進の国民的標語として使われた八紘一宇の文字が削られ、そして65年に復元されました。
その歴史は過去に新聞で知りましたが、今回の訪問を後押ししたのは「彫刻の問題」(トポフィル刊)です。著者の一人、小田原のどかさんは美術作家。群馬青年ビエンナーレ2015の受賞者です。
受賞作は、長崎の原爆落下点にかつて存在した標柱がモチーフ。「長崎は、日本彫刻を考える上で重要な場所」といい、「平和」を冠して公共空間に建つ彫刻の意味、平和を裸婦で表現した戦後美術と社会を問い、論考します。
共著者は、前橋市の白川昌生さん。長崎の原爆碑など、その存否が時代に翻弄される彫刻モニュメントを題材に制作する美術作家です。群馬の朝鮮人追悼碑を模した作品は今年4月、出展予定だった群馬県立近代美術館の指示で撤去されました。
宮崎行きにあたり集めた資料で、八紘之基柱(現・平和の塔)を壊すよう連合国軍に求められた県は「美術品」と主張した経緯を学びました。市井の文化人は「壊せば、あなたの国と良識が笑われる」と進駐軍に進言し、解体撤去を回避し文字削除などにとどめたそうです。現代の群馬で起きた出来事と比べ、考え込みました。(朝日新聞社前橋総局長 岡本 峰子)