ミュージシャン 奥野 敦士 さん

「ほぼ毎日、散歩してるけど花粉症だから今の時期ちょっと辛いんだよね」と笑う奥野さん

絶えず新たなことに挑戦

今年こそ作詞作曲を再開し、CDを出したい。やっぱりミュージシャンだからね(笑)

 

【ツイッターはやめられない】

「毎朝午前3時には目が覚めちゃう。老人だよね(笑)」「BOOWY」、「BUCK-TICK」と並び、群馬が生んだ三大ロックバンドROGUE(ローグ)の元ヴォーカリストは現在、県内にある障害者施設で暮らす。朝食までの数時間、日の出を見ながら思い浮かんだ言葉を日々、ツイッター上で発信している。「自分で脚本書かなきゃね、自分が演じる人生なんだから」「後悔は死んでからまとめてすればいい」 どのメッセージもポジティブで、フォロアー数は6000人以上に上る。「共感してくれる人がいるって本当に心強い。読者から励まされることもいっぱいある。だからツイッターはやめられないよね(笑)」
不慮の事故に遭い顔と右腕以外は動かない。が、音楽、文章、絵、書と表現活動は多岐にわたる。日常生活も自由に謳歌。電動車イスで行きたいところへ行き、自ら考案した機具を駆使しタバコを吸いお菓子を食べ酒を嗜む。「今まで通り楽しいことは諦めたくない。やりたいって気持ちになれば大抵のことは出来る。障害者に限らず『欲』って大切だよね」

【ミュージシャンになる】

音楽好きの父親の影響から幼い頃より楽器に囲まれて育つ。小学4年でギター、中学校で曲を作り始めた。高校に入るとテクノバンドを組み、オリジナル曲を中心としたライブを開くようになる。「人前で歌う喜びを覚えちゃって(笑)。その頃からミュージシャンになると決めていた」
高校卒業と同時に上京。専門学校に通いながら同級生とローグを結成。3年後の83年にメジャーデビューし日本武道館ライブも成功させた。多彩な楽曲、美しいメロディー、詩的な歌詞‐音楽的才能に加え過激なライブパフォーマンスで瞬く間にスターへの階段を駆け上がる。「どんなに上手くても見た目やステージ演出にインパクトがないバンドは生き残れない。ライブで爆発音を出したりサプライズゲストを呼んだりお客を楽しませることを第一に考えていた」
ローグ解散後はソロミュージシャン、俳優として活動するほか、映画音楽なども手掛けた。そんな矢先、突然の悲劇に見舞われる。08年、音楽活動の合間に行っていた建物解体のアルバイトで工場の屋根から7㍍下に転落。頸椎を損傷し半身不随になった。「『星野富弘さんと一緒だ』と知った時はショックでね。一生歌うことができないのかって。死にたいと何度思ったか分からない」

【もう一度、歌いたい】

が、絶望の淵から救ってくれたのも音楽だった。「もう一度、歌いたい」一心でリハビリを開始。肩を動かす、右腕を上げる、ご飯を食べる、車イスを操作する‐失われた機能を取り戻す訓練は想像以上に厳しかったが、出来ることが徐々に増えていった。「それまでの引き算思考が、これもあれも出来るって足し算思考に変わった。すると不思議なもので、やりたいことがどんどん出てくる。文も書きたい絵も描きたいってね(笑)」
次に取り組んだのが発声練習。肺活量を鍛えるため独自の腹式呼吸を習得。さらに、車イスのシートベルトをきつく締めることで、しっかりした歌声が出せるようになった。事故から2年。「心配かけた人たちに元気な姿を見せたい」と歌っている映像をYOUTUBEにアップした。選んだ曲はルイ・アームストロングの「ワンダフル・ワールド」。「魂込めて歌いました。映像見ながら涙が止まらなくてね。まさに奇跡ですよ」
この映像はファンのみならず多くの人の心に響く。Mr.Childrenの桜井和寿さんもその一人。昨夏、桜井さんは奥野さんの施設を来訪。初対面で意気投合、桜井さん主催の野外フェスで同曲の2人による動画デュエットが実現した。その後も「ミュージシャン奥野敦士」の快進撃は続く。昨秋には高崎音楽祭でローグの代表曲「終わりのない歌」を、BOOWYの元ベーシスト松井常松さんと映像を通して共演、完全復活を果たした。

【とにかくスッキリした】

昨年は音楽活動と並行し2冊の本も出版。ツイッター上の言葉をまとめた「いろいろあるさ 生きてっからね」には前向きで力強いメッセージの数々が並ぶ。一方、「終わりのない歌」ではローグ時代から現在に至るまでの半生が赤裸々に綴られている。「包み隠さず書いた。色んな思いが消化されたというか昇華されたというか。とにかくスッキリしたね(笑)」
出版を機に上毛新聞での連載「ことばのちから」(毎週日曜)、FMぐんま「ONE MORE TRY!!」(毎月最終土曜午後5時)への出演も決まり事故以前に増して活躍の場は広がっていく。

【心の底から歌っている】

友人やファンとの温かな交流、諦めない強靭な精神、ミュージシャンとしての自覚‐怪我と引き換えに多くのものを得た。「事故後、自分のアーティスト性や音楽の素晴らしさを改めて客観視できた。元気な頃は好きってだけで音楽をやっていたけど今は心の底から歌っている実感がある」
ツイッターでの発信やライブ出演、本の執筆など事故後も絶えず新たなことに挑戦してきたが、今も大いなる野望を胸に秘めている。「今年こそ作詞作曲を再開し、CDを出したい。やっぱりミュージシャンだからね(笑)。メロディーは浮かぶけど、なかなか組み立てられなくて苦戦している。でも、そのうち出来るだろうから期待していて下さい」
奥野敦士さんの新曲が聴ける日も遠くはないだろう。

文:中島 美江子
写真:木暮 伸也

【プロフィル】Atsushi Okuno
63年前橋生まれ。82年ROGUE結成。89年日本武道館ライブで8000人を動員。ROGUE解散後はソロミュージシャンや俳優として活躍。08年に半身不随になるもツイッターでメッセージを発信する。12年、2冊の著書を発刊。前橋在住。

 

〜奥野さんへ10の質問〜

モットーは「前向きに、前向きに」だね(笑)

—好きな食べ物飲み物は

ハンバーグとか焼肉とかが好きですね。飲み物はアルコール全般(笑)。特にビールと焼酎かな。

—愛用の仕事道具は

「iPad(アイパット)」=写真。音楽仲間がトリビュートライブの収益で買ってくれた。文字や絵画や書をかいたり電子書籍を読んだり、これ1つで何でも出来ちゃう。ホント便利だよね。

—座右の銘は

自分の作った言葉で、「人より先に行こうとせず、今より前に行けばいい、自分を超える気持ちだけで、願いは叶うものへと変化する」。障害者としての新たな人生、この言葉で自分の肩を押しています!

—長所短所は

長所は、嫌なこともすぐに忘れちゃうところかな。短所は、のめり込むと回りが全く見えなくなる。人とほとんどしゃべらなくなるしね(苦笑)。

—尊敬する人は

俳優の原田芳雄さん。原田さんの息子と友達で、自宅にちょくちょく遊びに行っていた。お金ない時、腹いっぱい食わせてくれてね。本当に色々と面倒見てくれた。ミュージシャンは、井上陽水さんとミスターチルドレンの桜井和寿君です。

—最近、感動したことは

長嶋茂雄さんと松井秀喜さんの国民栄誉賞W受賞。授賞式を見ながら思わず泣いちゃった。涙がふけなくて大変だったね。

—マイブームは

錆びたモノ=写真=にハマっている。庭先にあった缶とか、どうでもいいもモノにも美を感じちゃう。ピカピカしているモノより何かカッコイイんだよね。車イスも錆仕様にしたいくらい(笑)。

—モットーは

「前向きに、前向きに」だね(笑)。自分の書く言葉もみんなそう。小さいことは気にしない。こういう体なんだから仕方ない、出来ることをしていこうってね。

—リフレッシュ法は

喫煙。1日5本って決めているけど、もっと吸っちゃう日もあるかな。

—習慣は

フェイスブックとツィッターは毎日、必ず見ている。友だちの近況をチェックしたり、書き込みしたり、「いいね」って押したり。

 

取材後記
「余の辞書に不可能の文字はない」 取材中、ナポレオンの名言が幾度となく頭に浮かんできた。アイパットで文や絵を描いたり、歌うために新しい歌唱法を編み出したり、お菓子を食べたいタバコを吸いたい一心で独自の機具を発明したり。  体が不自由でも腐らず僻まず諦めず、知恵と努力で自らの欲望を次々形にしていく様は実に痛快だ。話していてもネガティブな言葉は一切出てこない。周りを明るく元気にさせてくれる人だ。  そんな奥野さん。今後、CDリリース以外にもやりたいことがあるという。「映画を作ってみたい。障害者の主人公が変身後、ビンビン動き回って悪い奴らをやっつけちゃうアクション映画。楽しそうでしょう。あとは、恋かな(笑)」 どの夢も、きっと叶えるに違いない。