ローカルで暮らすということ[4月28日号]

高校卒業まで北国・青森で過ごした筆者にとって、群馬という地は想像通りの都会だった。高崎駅、目の前に立ち並ぶ自動改札口を横目に、乗車券に特急券を何枚も握りしめ有人改札を何とか通過。駅の外に出ると、自分の下を人や車が往来していた。「2階建ての駅舎だ」と気が付き、腰を抜かしたことを今でも鮮明に覚えている。
群馬に来たばかりの頃は、「日本一の利根川がある」「総理大臣を多く輩出している」「有名な温泉がひしめいている」といったことを想像しながら、地元出身の友人らに群馬のことを尋ねると百発百中、「何にもない」と返ってきた。それなのに、郷土愛だけはもの凄く強く、良い意味で違和感があった。 その郷土愛に引っ張られるように、「よそ者・若者・ばか者」の三拍子が揃った筆者は、9年間のローカル暮らしを楽しんで来た。
途中、ほかの街へ行こうかと考えたことは何度もあった。ただ、全国に轟く突出した何かがないだけで、海と地下鉄以外の大方は何でもそろう群馬の街は、住み心地が本当に良い。
ローカルで暮らしていたおかげで、「なんにもない」ところから活動を生み出す力を、自然と身に付けられた気がしている。大きな山や川を眺めながら深呼吸でもして、この群馬からどんなことができるのか、脳みそを柔らかく、かつ身体も動かしながらこれからも考え続けていきたい。

(竹内躍人)