笙奏者・作曲家 東野 珠実 さん

「『何かにおうぞ』と感じたら、とにかくそこへ行ってみて、隠れている音の宝物を探し出す。音楽家というより冒険家という意識ですね」と微笑む東野さん=高崎芸術劇場

「古代から未来を展望できるこの地から、当代の響きを世界に発信したいですね」

天から差し込む光を象徴する雅楽器・笙の奏者として、国立劇場はじめ国内外の公演や主要な音楽祭に出演。古典はもとより、ヨーヨー・マ、坂本龍一、山下洋輔、田中泯らに招聘され、創作・演奏を通してジャンルを超えた活動を精力的に展開。昨年11月には雅楽演奏団体「伶楽舎」のメンバーとして、郷里に誕生した高崎芸術劇場の開館記念公演に出演し、日本古来の伝統の音色と舞で聴衆を魅了した。世界を舞台に活躍する東野さんに、雅楽や笙、音楽活動への思いを聞いた。

昨年11月の高崎芸術劇場開館記念公演で笙を演奏する東野さん

【感謝の気持ちでいっぱい】

― 郷里での開館記念公演は、どんな思いで演奏されましたか

子供の頃から音楽活動を応援して頂いた地元で公演が出来たのは、本当に光栄で感謝の気持ちでいっぱいです。高崎ではたびたび笙の演奏をしていますが、伶楽舎としては初めて。こけら落しに相応しく、舞台の構成、演出、装束まで、祝祭感溢れる大規模なプログラムで、皆様に古典雅楽の世界に浸って頂けてうれしかったですね。

― 高崎芸術劇場に期待することは

新しい劇場の誕生は、高崎出身の音楽家として大きな喜びであり誇り。今の私があるのは、幼い頃から群馬音楽センターなどで世界一流の演奏を享受できたおかげですから。多彩で質の高い舞台芸術に触れられる劇場は、訪れた人の心に栄養を与え人生を豊かにしてくれるでしょう。人生の「宝物」となる時間を創出する劇場空間に無限の可能性を感じています。

【ポテンシャルの高さに一瞬で魅了】

― 音楽との出会いは

ピアノは3歳から習っていましたが小学3年の時、学級歌を作曲する機会を頂き音楽を創造する楽しさ、自分の歌がみんなのものになる喜びを知りました。「音楽の世界で生きていきたい」と決意したのは高校2年の時。音大の作曲学科に入り、様々な音楽や楽器に触れる中で最も衝撃を受けたのが雅楽であり笙でした。

― その理由を教えて下さい

当時、全盛だったコンピューターミュージックで最先端の表現を模索していた私は、現存する最古の音楽=雅楽の存在に興味を持ちました。その音は、電気を一切使っていないのにとにかくパワフル。「コンピューターを凌駕する何かがある」と直感しました。1300年の歴史を持つ雅楽は、世界最古のオーケストラと言われています。これだけ長い年月、生き続けてきた音楽は地球上ほかにありません。指揮者の代わりに音頭と呼ばれるパートリーダーがいますが、奏者同士は互いの呼吸や気配などを感じ合いながら演奏します。繊細かつダイナミック、奥ゆかしくみえて実は主体性が肝要。日本社会や国民性を反映しています。

― なかでも笙に心惹かれたのは

雅楽は古代から神や自然と対峙するための音楽として存在し、宇宙の調和を表す音楽と言われていますが、笙は「天上から差し込む光」の象徴とされていて、その豊かな響が生み出す美と、楽器としてのポテンシャルの高さに一瞬で魅了されました。ほとんどの管楽器は吹いて音を出しますが、笙は吹いても吸っても音が出ます。呼吸がそのまま音になるため、とても生理的でプリミティブなメディア。「息の様」、すなわち奏者の「生き様」が伝わってしまうので難儀ですが、その分やりがいも大きいですね。

【「おいしい音」を生み出したい】

― 笙の演奏家、作曲家として活躍されています

伶楽舎メンバーとしては古典曲や正倉院の復元楽器による演奏、現代音楽作品の上演、ワークショップなどを通して雅楽の魅力を伝えています。一方、個人では能や長唄、クラシックやジャズ、モダンダンスなど様々なジャンルとのコラボレーションも展開し、「創造する伝統」のスタンスで当代の音楽表現を模索しています。なかでも力を入れているのがライブ。音楽はお料理と似ていて、響きの色彩や質感を味わってもらうには「生」の体験に勝るものはありません。最高のひとときを提供するために音楽家は良い素材を選び、それを最大限に活かし、時代のエッセンスを加えて味わい深い時間を創造しなければいけません。日本料理のように、包丁捌き一つで味がガラッと変わるような「おいしい音」を生み出していきたいですね。

― 音楽活動で心掛けていることは

「あっ、これ好きかも!?」という気持ちを皆さまと共有したいと思っています。好奇心が入口となって、歩を進めれば新たな視界が開けます。私にとっては、音楽という壮大な星空の中から、音の星座を浮かび上がらせるのが作曲の醍醐味。そのコンセプトを掲げた演奏会「星筐プロジェクト」を各地で展開していますが、聴いて下さる皆さまにも満天の星の中から「好きな星」を主体的に繋ぎ合わせ、自分だけの音の星座を見出して楽しんで欲しいですね。

【「触れることのできる宝物」】

― 今後、やりたいことは

教科書でも有名な前橋市朝倉町出土「琴を弾く男子」の埴輪は、雅楽以前の古代人の豊かな音楽の営みを伝えます。この琴は現在も宮中で最も格の高い楽器として奏される和琴のルーツで、ふくよかな音色に古代の豊かな精神生活を感じます。「琴を弾く男子」が物語る群馬の文化力の高さ、音楽を愛するDNAは、高崎芸術劇場が誕生したことからも分るように今も脈々とこの地に息づいています。長らく国内外で公演活動を行っていますが、群馬の音楽環境や劇場のクオリティーは国際的に見ても高い水準にあると実感します。古代から未来を展望できるこの地から、当代の響きを世界に発信したいですね。

― 群馬の皆さんにメッセージを

雅楽は日本が最初に国際化した時代のユーラシアの息吹を伝えます。それは上毛三碑の時代とも重なり、正倉院の御物にも勝るとも劣らない「触れることのできる宝物」です。千年の時空を超え、当時の人々と同じ響きや色彩を目の当たりにして、驚きや喜びを共有できるのですから。今、物や情報過多の環境下で、心のありかが問われる時代となりました。古から受け継がれてきた雅楽には膨大な人類の英知が詰まっていて、我々現代人に人文・科学の両面で多くの発見や示唆を与えてくれます。私たち音楽家はこの宝物を一時的にお預かりしているに過ぎませんが、その価値をご理解いただき、皆様ご自身の宝物にしていただければ何よりと思います。

(文・写真 中島美江子)

■プロフィール【とうの・たまみ】

高崎女子高から国立音大作曲学科に進み、首席で卒業。在学中、雅楽を芝祐靖氏、笙を豊英秋氏、宮田まゆみ氏の両氏、作曲を溝上日出夫氏にそれぞれ師事。慶応大大学院政策メディア研究科修士課程を修了。文化庁舞台芸術創作奨励特別賞、日本文化芸術奨励賞など受賞多数。笙奏者として国内外で公演するほか、Yo-Yo MA、坂本龍一らから招聘を受け、創作・演奏を通じジャンルを超えた活動を展開。ソロ活動のほか、伶楽舎に所属し古典曲や復元楽器の演奏、現代音楽の作曲に携わる。2018年から国立劇場雅楽声明専門委員を務める。