建築家 渡辺 真理 さん

ギザギザ屋根は真壁にある3つの蔵の寸法を測り、それを組み合わせた」と渡辺さん=真壁伝承館のホール前で

【建築で人と人を繋ぐ】

「人間の居場所を人間が創るという点で、建築は究極の人工物です。責任は重いけど、やり遂げた時の喜びもまた大きい」

 

【地域の景観に溶け込ませる】

今春、パートナーの木下庸子氏と構造家の新谷真人氏と共同設計した「真壁伝承館」が、国内において最も注目されている建築賞、日本建築学会賞を受賞した。同館は図書館、歴史資料館、ホールなどからなる多目的施設で、茨城県桜川市真壁町の重要伝統的建造物群保存地区に建つ。歴史的な街並みとの調和や現代的な機能性を併せ持つ点、建物群の配置を市民と共に創造する設計プロセスなどが高く評価された。
「施設を周囲の景観に溶け込ませるため、都市内の既存建造物のプロポーションを複数採寸し再度組み合わせるという設計手法を用いた。街を読み解く作業と、歴史的景観と現代建築のエッセンスを詰め込んだ建物群のマッチングが難しかっただけに、今回の受賞は本当にうれしい」

【何もかもが新鮮だった】

本を読むのが何より好きな少年だった。詩人で建築家の立原道造氏のように、設計をしながら一方で文章を書く生き方に憧れる。受験の年、大学紛争により東大入試が中止になったため京大に進む。上田篤研究室で建築学を学ぶうち、モノづくりの面白さや奥深さに目覚めていく。同大学院2年時にイタリアへ留学。ヨーロッパ建築を見て回った。「何もかも新鮮だった。特に衝撃を受けたのは、ミケランジェロの設計したメディチ家礼拝堂とラウレンツィアーナ図書館。写真と実物は大違いで、建築物は実際に現地に行って見ないとその素晴らしさは分からないと実感しました」

【磯崎氏の凄さ、肌で実感】

その後、ハーバード大学院に留学する。同大学院修了後、ケンブリッジの建築事務所に2年間勤務し帰国。81年、磯崎新アトリエに入りロサンジェルス現代美術館や巨大ディスコ「パラディウム」(米国)などを担当する。世界的建築家の下で、仕事のやり方を貪欲に吸収。密度の濃い時間を過ごす。「磯崎さんはコンセプトからデザインのディテールに至るまで徹底的に考え抜いた設計を行なう。けれど建築には神経質な感じはなくて、どこかスカッとしている。設計は理屈だけじゃダメだと学んだ。磯崎さんの思考プロセスを間近で見られたことは、何物にも代えがたい貴重な経験だった」

【住まいが設計の基本】

87年、妻で建築家の木下庸子氏と設計組織ADHを設立。JIA環境建築賞を受けた兵庫県西播磨総合庁舎(03年)や400戸の集合住宅、東雲キャナルコート(05年)など、これまで30近くの建築設計を手掛けてきた。「未完成作品はその倍はあるんじゃないかな(苦笑)。建築物はサッカーのシュートに似ていて、1本を決める前に何度も何度も打っている。負け惜しみではないが、その中にも良い設計は多い」
これまで手がけた中で特に印象深かったプロジェクトがNTという住宅だ。NTのオーナーは「棺桶こそが究極の住まいである」というような、透徹した思考の持ち主だった。生活の中心はリビングではなく「ライブラリー」であるという設計はそこから生まれた。「建築も住宅も人間の居場所であるところは同じ。住宅には建築設計のアルファとオメガが潜んでいます。住むという行為は個人に大きな意味をもたらす。戦後、日本人は経済的には成功したが、住まいも生活もマスプロになってしまった。生活に文化を取り戻すためにも住まいは大切です」

【コミュニティを問い直す】

今年の日本建築学会賞のほか、日本建築家協会新人賞(00年)や同環境建築賞優秀賞(05年)など輝かしい受賞歴を誇る。「孤の集住体」など著書も多い。最新刊「小さなコミュニティ」では3・11以降、再び注目されているコミュニティに対して建築は何が出来るのかを問い直している。「震災以降、コミュニティの重要性を多くの人が再認識した。が、そこには相互監視といった日本人が逃れたかった負の側面もある。前近代的な共同体ではない、でも一人ひとり顔の見えるコミュニティ作り取り組む建築家8人に体験談や実践論を語ってもらった。続編では、建築学と社会学からコミュニティについて議論しまとめたい」

【気持ち良い空間作りたい】

建築家として活躍する一方、法政大学で後進の指導に当たる。講義に加え、学生や他大学の教授らと共に街づくりワークショップや被災地復興プロジェクトにも取り組む。全国各地を飛び回る多忙な日々。が、前橋の中心市街地や「けやき並木通り」の活性化プロジェクトなど郷里での活動も継続的に行っている。「中心市街地を活性化させるには、人が住みやすい場所に作り変えることが大切。建築で人と人とを繋げていきたいですね」
現在、コーネル大学医学部カタール校の増改築や千葉県内の保育園など複数の仕事を同時進行中。「人間の居場所を人間が創るという点で、建築は究極の人工物です。責任は重いけど、やり遂げた時の喜びもまた大きい。気持ちの良くなる空間、何かすがすがしいって感じてもらえるような場所を、これからも作っていきたいですね」

文:中島 美江子
写真:高山 昌典

【プロフィル】Makoto Watanabe
50年前橋生まれ。京都大大学院とハーバード大学院を修了。磯崎新アトリエを経て、87年に設計組織ADHを設立。個人住宅から公共建築まで幅広い建築設計を手掛ける。12年に真壁伝承館で日本建築学会賞を受賞。主著に「集合住宅をユニットから考える」など。法政大学デザイン工学部教授。東京在住。

 

〜渡辺氏へ10の質問〜

この2点セットは僕にとって必須アイテム

—愛用の仕事道具は 

モレスキンのノートとアップル社のiPad(アイパッド)=写真。設計メモ用ノートに、数年前からアイパッドが加わった。絵や文字が書けるし写真も撮れる。画像ファイルや手書きメモをプロジェクターに表示できる点も便利。アイデアメモや講義用の資料類も入っている。スケッチやアイデアを書き留めるには手書き用ノートは手放せない。両方使うことで仕事の効率は格段に向上した。この2点セットは、僕にとって必須アイテムですね。

—尊敬する人は

大学の恩師で建築家の上田篤さんと建築家の磯崎新さん。二人は必ずしも似たタイプではありませんが、文章とデザインを通じて、建築という融通無碍な世界を切り開いて見せてくれました。お二人とも今も精力的に仕事をされている。歳を追うごとに知性の輝きが増している感じ。モノの見方や考え方など、総合的な「知力」に圧倒されます。「思想」をもっている人間として尊敬しています。

—趣味は

書道。20年近く前に始めたが今も月1回程度、お稽古に通っている。魅力は書くという行為が後に戻せないところだったり、必然の中に偶然性を尊ぶところ。

—座右の銘は

座右の銘ではないのですが、中国の長詩「千字文」に興味があります。1000の文字を四字句からなる韻文に編んだ千字文は、森羅万象、あらゆることについて述べていて、そこに中国の叡智を感じる。書道の手本として、千字文の文章をずっと書いています。

—長所短所は

長所はあまりなくて(苦笑)、短所はアバウトなところかな。

—前橋の好きなところは

赤城山の裾野に位置しているところ。高速や新幹線で帰省する時、広々とした山裾が見えてくると、晴れやかな気分になります。

—習慣

マクロビオティック。磯崎アトリエにいた時からずっと続けている。磯崎さんと彼の秘書がマクロビオティックを実践していたので、自分も取り入れるようになった。今でも自分で作って食べる時は玄米菜食が基本です。

—子供の頃の夢は

本好きの弟と一緒に、前橋のどこかで古本屋を開きたいねって話をしていた。自分の好きな本だけ並べて、お客は仲の良い人だけ。ずっと、おしゃべり出来るような店が良いなって。母親に話したら夢がないと嘆かれました(笑)。

—家族構成

夫婦2人家族。妻も建築家でかつ大学に勤めている同類の身なので、お互いに忙しく、すれ違いが多いですね(苦笑)。

—最近、感動したことは

ロンドン五輪での「なでしこジャパン」の活躍。惜しくも銀メダルでしたが彼女たちの頑張りには胸が熱くなった。他の競技の選手からも多くの感動をもらった。建築家もアスリートと似ているところがあって、コンペで勝ったり負けたりで一喜一憂する。実際、勝敗で人生が変わりますから。でも1位と2位の差なんて本当にわずか。だから、スポーツ選手に自らを重ね合わせてしまうというかシンパシーを感じます。

 

取材後記
蔵を彷彿とさせる建物群、ランダムに配された窓、植物に彩られた黒壁—真壁伝承館はどこを切り取っても絵になる建物だ。「市民が来やすいような、楽しくて明るくて華やかな場所にしたかった」とご本人が言うように、洗練されていて実に心地良い。細部に至るまで綿密に創り込まれているが、堅苦しくなくどこか懐かしい佇まい。建築について真摯に、時に笑いを交えながら語る渡辺さんそのものという印象を受けた。一方、常に問題意識を持ち、膨大な量をインプットしている様子が言葉の端々から伝わってくる。その圧倒的な知力に脱帽だ。やはり、日本建築学会賞は並大抵の努力では受賞できないのだなと納得した。

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