映画監督 坂田 雅子さん

映画監督 坂田 雅子 さん
「地元での上映会を実践の場に結びつけていけたらと思っています」とほほ笑む坂田監督=みなかみ町

「ドイツに出来るのだから、日本でも出来るということを伝えたい。ドイツ語で「モルゲン」は明日を意味しますが、明日は私たち市民がつくるのです」

福島第一原発事故を機に脱原発へ向かうドイツと、原発の再稼働が始まっている日本。「両国の違いはどこにあるのか」を探った最新作「モルゲン、明日」が全国で公開中だ。今月30日には、地元みなかみ町で上映会が開かれる。県内上映は昨年11月の高崎に続き2回目で、今回は「日本はなぜ原発をやめられないのか」をテーマにしたトークイベントも行う。「花はどこへいった」「沈黙の春を生きて」「わたしの、終わらない旅」など数々のドキュメンタリー映画を手掛ける坂田雅子監督に、新作への思いやシニアライフを豊かに生きるコツなどを聞いた。

【地元での上映会を実践の場に】

Q新作制作のきっかけは

前作「わたしの、終わらない旅」では、核をテーマに2011年から14年にかけてヨーロッパを取材しました。その中で、福島第一原発事故の3カ月後、脱原発を決めたドイツでは着実に再生エネルギーが進んでいますが、一方、原発事故の当事国である日本では再稼働の動きが始まっています。「なぜドイツに出来て日本に出来ないのか、その違いは何か」という疑問を自分で確かめたいと思い、ドイツに行きました。

Q様々な立場の人にインタビューをしていますね

最初メルケル首相に話を聞きたいと思っていましたが、簡単に会える訳ではありません。そこで、自然エネルギーだけで運営しているホテル経営者をはじめ、元・緑の党議員や修道僧、環境問題の専門家、電力会社創設者、市役所職員など50人以上に取材しました。その中で、自然エネルギーの導入が進んでいるのはメルケル首相一人の決断ではなく50年に及ぶ市民の草の根の力だということが分かってきたのです。日本だと全てを自然エネルギーでまかなうのは非現実的だと言われますが、ドイツでは既に夢物語ではなくなっています。2022年までに全ての原発停止を決めたドイツのように、日本政府も大きな決断をしなければいけないと思いますが、脱原発を後押しするのは市民の力にほかならないのです。その勇気が今、必要なのではないでしょうか。

Q撮影を通して両国の違いは何だと感じましたか

まず第二次世界大戦への向き合い方の違いがあります。終戦後、ドイツは過去に目をつぶらず徹底的に反省し、権威に盲従せず自分たちのことは自分たちで決めるという信念が人々の中に根付いていきました。また、1968年に両国で起きた学生運動も異なった道を歩みました。ドイツではその後、緑の党や環境グループが生まれましたが、日本は体制の前に挫折を余儀なくされました。そうした社会的背景に加え、国民性やメンタリティの違いも大きいのではないでしょうか。

Q伝えたいことは

一人一人は微力でも、集まれば大きな力になるということ、そして「ドイツは素晴らしい」ではなくドイツに出来るのだから日本でも出来るということを伝えたい。ドイツ語で「モルゲン」は明日を意味しますが、明日は私たち市民がつくるものです。映画を通して脱原発について考えて欲しい。

Q全国各地で上映されていますが観客の反応は

制作当初、一体どんな方が観てくれるのかと不安でしたが蓋を開けてみると非常に反応が良く、「脱原発」への関心が高いと感じました。メッセージは確実に伝わっている、という感触が得られてうれしいですね

Q県内上映は2回目です

みなかみの有志で作る「ふるさと平和の集い」が企画してくれました。チラシ配りなど私自身、上映を通して地域の人と関わることができるのでありがたい。「モルゲン、明日」には「私たちの一歩から始まる」というメッセージも込めているので、上映会を実践の場に結びつけていけたらと思っています。前の3作では問題提起をしてきましたが、新作では「では、私たちに何ができるのか」という「明日へ向かう一歩」を踏み出す気持ちを喚起させたい。当日は参加者が具体的な行動に移せるよう、上映に加えジャーナリストや地元の再生エネルギー会社代表に実践例を話してもらいます。託児コーナーも用意しているので、子育て中の方も気軽に来て欲しいですね。

【生きる上で大切なことは何か】

Q制作の原動力は何か

純粋に「知りたい」という好奇心からでしょうか(笑)。よく、「映画を撮るのは怒りからでしょう」と聞かれますが私、怒りってあまりないんです。1作目の動機は夫を亡くした悲しみから抜け出すためで作中に「どこかに希望の種が芽生えているはずだ」という言葉を敢えて入れました。当時、希望なんかなかったのですが、言い聞かせることで生まれてくるかもしれないという淡い期待がありました。それから15年経ち、やっぱり希望はあると感じられるようになりました。意識的ではありませんが、私の作品には希望のようなものが込められている気がします。

Qドキュメンタリー映画の楽しさと難しさは

カメラを持ってどこでも行けるし色んな人と会って話が聞けるところが一番の魅力ですね。その土地の風景を綺麗に撮れた時もうれしい。一方、大変なのは編集作業。自分一人で撮っているので独りよがりになってしまい、どうしたら見る人に伝わるかという視点が疎かになってしまう。切り取り方、組み立て方で全く違ったものになってしまうのも難しいところ。私がざっと編集したものを違う人に再度編集してもらうというのは欠かせない作業です。そうすることで、より訴える力が出てくると思います。

Q次作の構想は

「モルゲン、明日」の上映が一段落したら、今度はマーシャル諸島を舞台にしたドキュメンタリーを作るつもりです。3作目「私の終わらない旅」から取材を続けていますが、第五福竜丸や多くの船舶が受けた核実験の被害はまだまだ続いていますし、地球温暖化の影響もかなり大きい。「生きる上で大切なことは何か」 政治や経済、環境など様々な問題がありますが何を一番優先すべきかを常に考えながら次作も制作したいですね。

【自分をなくすと自由になれる】

Q監督にとって群馬は

第二の故郷。自然豊かで食べ物もおいしいし、何より人々の懐が広くて親しみやすいのが素晴らしい。終の棲家です。みなかみライフを満喫していますが、地元の長野に帰るとやっぱり故郷も良いなと感じますね。

Q趣味を教えてください

何もないですね。気にしていたらきりがないし(笑)。毎晩お酒は飲むし食べたいものを食べる。仕事柄、妻と娘とは数年前から別々に暮らしているので会うのは週1回程度。何から何まで自分でやらなきゃいけないけど好きにできるから気が楽。ある意味、それが健康の秘訣かもしれませんね。

Q趣味を教えて下さい

2年程前から絵を描き始めました。週1回程度、友だちの絵画教室に通っています。人間の内面がどう絵に表出するか興味があります。カメラを抱えて外国に行くのは気力と体力が必要ですが、絵なら家で座ってできるし日常に色を添えてくれるところも魅力ですね。

Q健康のために取り入れている習慣は

週2回ヨガ教室に通っていますし、冬になると仲間とスキーに行っています。体を動かすのは気持ち良いですね。山の中に住んでいるので意識して外に出ていかないと鬱々としちゃうし、色んな人と交わることが健康に良いと思っています。

Q人生のモットーは

「その日その日を精一杯生きる」かな。若い頃はあれをしよう、これをしたいと貪欲でしたし、競争心もありました(笑)。でも、夫の死と共に、そういうものが吹っ切れましたし、怒りもなくなりました。この年になると、今日という日は最後かもしれないという気持ちが強くなり、1日1日を大事に生きようと思います。

Qシニア世代に豊かな人生を送るコツを教えて

自分をなくすこと。「me、me、me」じゃなくて自分は全体の一部、自然の一部だという風になれれば良いのではないでしょうか。実は「私」と言えるものは、そう多くないですよね。結局は今まで見てきたこと、聞いてきたこと、教わってきたこと、食べてきたものなどの集大成でしかない。「私」に固執しないと自由になれますよ。と言いつつ私も試みているのですが、なかなかその境地には到達できないんですけどね(笑)。

文・撮影 中島美江子

【プロフィル】さかた・まさこ

1948年長野県生まれ。AFS交換留学生として米国の高校に学ぶ。帰国後、京都大学で社会学を専攻。2003年、夫のグレッグ・デービス氏の死をきっかけに枯葉剤をテーマにしたドキュメンタリー映画を制作。07年に完成させた「花はどこへいった」は世界中で大きな反響を呼ぶ。11年に続編「沈黙の春を生きて」、14年に核被害に翻弄される人々を記録した「わたしの、終わらない旅」を制作。最新作「モルゲン、明日」が全国で上映中。みなかみ町在住。

掲載内容のコピーはできません。