「本を手にした人たちの周りが、少しずつ  明るくなっていくことを願っています」

今春、初の翻訳本「光の護衛」を出版
前橋在住 金敬淑 さん (51) 韓国の短編集を和訳

前橋在住の翻訳者、金敬淑(キム・キョンスク)さん(51)が和訳した韓国の短編小説集「光の護衛」が今春、彩流社から刊行された。2020年に韓国文学翻訳賞新人賞を受賞し、本書が初の翻訳本となる。歴史や社会から疎外され、忘れ去られる人々の孤独や不安を描いた短編集を日本に紹介した金さんは、「物語の舞台となる時代や国はそれぞれ違いますが、抱える問題は脈々と繋がっています。登場人物の置かれた環境や心情は現代日本社会を生きる私たちにも重なる部分があり、他者の痛みに寄り添うのか背を向けるのか、読者に問いかけてきます。是非、手に取って読んで下さい」と話す。

短編集は現代韓国文学を代表する作家の一人、チョ・ヘジン(76年生まれ)さんが2013~16年に発表した9編を収録。作中には留学生や非正規労働者、生活保護受給者、移民など様々な問題を抱え孤立していく、寄る辺のない人物が多く登場する。韓国軍事独裁政権時代の弾圧や思想統制、ユダヤ人に対するホロコーストなど歴史的事件を踏まえた作品から、海外養子縁組や貧困など現代の社会問題に目を向けた短編まで、扱う時代は幅広く題材も多岐にわたる。また、往復書簡形式などの手法で、異なる時代や地域の類似した境遇を見事にリンクさせている。金さんが同作の原書を手にしたのは20年12月。圧倒的な構成力と俯瞰力、慎重かつ繊細な言葉選び、熟考を重ね紡がれた物語に一気に引き込まれた。「梨花女子大を卒業後、外国人に韓国語を教えながら小説を執筆していたヘジンさんは、社会からいつ振り落とされるか分からない人たちを目撃しながら、自身の立場にも不安を抱えていたのでしょう。登場人物に注がれる眼差しは優しく温かい。日本の方々もこの物語に身を浸してみて欲しいと思いました」と明かす。

21年8月、韓国文学を世界に発信する韓国の政府機関「韓国文学翻訳院」の支援を得て、金さんは全訳に取り掛かる。心掛けたのは、作家の文章スタイルを極力崩さないこと。複雑な複合文や哲学的な表現も多く、読みやすくするため何度も推敲を重ねた。抽象的なシーンで使われる言葉のニュアンスも、慎重に作家に確認した。「翻訳者は黒子。原作者が何を伝え表現したいのかを汲み取り、他言語で紡ぎ直さなければなりません。一言一句身を削るように書かれた原文から、現実に向き合う作者の謙虚さと真摯さが伝わってきます。言葉を磨き続けながら日本の読者に届けるために費やした約1年半は、とても豊かで幸福な時間でした」と振り返る。

同書は重く深いテーマを問いかけてくるが、タイトルに「光の護衛」とあるように悲惨な物語のまま終わらない。「誰かに救われた記憶は、また誰かを救う。そこに一筋の光、希望がある」という原作者の力強いメッセージが込められている。金さんは、「作中の人物のように、傷つき苦しんでいる人たちが私たちの周りにもいます。その痛みは、いつか自分に降りかかってくるかもしれません。見て見ぬふりをするのではなく、ひとりぼっちの主人公クォン・ウンにカメラを届けたように、ほんの少しの優しさを伝える勇気を一人ひとりが持ってほしい。この本を手にした人の周りが光に包まれ、少しずつ世界が明るくなっていくことを願っています」と語った。 (中島美江子)

金敬淑(キム・キョンスク)=72年大阪生まれ。在日三世。ハングル教室「ポラリス」(前橋)と群馬医療福祉大の韓国語講師を務める。2020年、韓国文学翻訳賞翻訳新人賞を受賞。今春、初の翻訳本「光の護衛」を出版。前橋在住

〇書籍名 「光の護衛」
〇著者・訳者名
チョ・ヘジン 金敬淑
〇出版社名 彩流社
〇2023年4月出版
〇ページ数・書籍価格  288頁 2530円(税込)

掲載内容のコピーはできません。