笑顔は世界を救います

精神科医・桐の木クリニック院長
有賀 道生 さん

インタビューに答える有賀さん(朝日ぐんまで)

 

子どもの発達障害、不登校などが大きな社会問題になっている中、子どもから高齢者まで幅広い臨床に取り組み、安中市の桐の木クリニックで院長を務める有賀道生さん(49)。18歳までの子どもを対象にした児童思春期の外来だけでなく、少年院・刑務所での矯正診療、群馬県特別支援教育スーパーヴァイズなどにも携わる有賀院長に、子どもの心の変化や不登校、発達障害などについて聞いた。   (文・写真/谷 桂)

不登校の子どもが急増中
―クリニックの予約が混んでいますね
桐の木クリニックは、精神科と心療内科などがあり、子どもからお年寄りまで、幅広く心の健康問題に取り組んでいます。不登校や発達障害、パワハラ、超高齢社会の老老介護など社会問題が目の前に山積みです。児童思春期外来は、3カ月ほどの予約待ちとなっていて、治療だけで解決しない問題に、カウンセラーやソーシャルワーカーなどと話し合いながら取り組んでいます。

―県内でも不登校が増えているとか
全国で不登校の小中学生は約30万人(令和4年度)、過去最多という統計が文部科学省から出ましたけれども、10年連続右肩上がりです。コロナ禍でさらに増えました。30万人とは、前橋市または高崎市の人口全部ということになります。県内の公立小中学校でも、一昨年度、不登校の状態にあった児童・生徒は4300人以上。診察している肌感覚でも国と同じ傾向にあると思います。

ある日突然、急に起きられなくなり、頭が痛いから休むとなる。小児科に行っても問題はなく、様子を見ても、改善しない。「わが子は不登校なのか」という感じです。最初は親も「行きなよ」と登校刺激を与えるんですね。学校に色々聞いても、特にいじめもなく、勉強にも付いていけている。これという原因がなくても、パタッと行けなくなる子どもが、結構いるんです。

―原因は何ですか?
コロナ禍になって、人と人とが分断され一緒に遊べなくなったことも原因の一つでしょう。コミュニティーを形成しながら、わちゃわちゃ楽しくやることが激減した。子どもにとって集団の中で楽しさを友達と共有することが成長の糧になるわけですけど、それがなくなっちゃった。マスクで相手の表情が分からないから、余計に気を遣ったり。

そこでYouTubeやTikTokなど情報が多くて明る過ぎるデジタル機器に長時間暴露することで、頭が疲れるんです。端末機器をずっと使っていれば、頭がオーバーヒートした状態になり、眠れなくなるし、朝は起きられなくなる。だから、外で遊ぶ機会が減り、身体は疲れないが、頭はますます疲れる。この状態が一番メンタルを悪くするんです。不登校の一番の理由は、頭疲れなのです。

学校に行くのが嫌というわけではなくて、疲れて動けない。さらに、色々なことに敏感になり、ちょっとしたことも、気になって、悪循環が生まれるんです。昔は、テレビを見て番組が終わったら、次はマンガや本と切り替えていった。スマホの明るさや情報負荷は、本や雑誌と全然違うんですよ。

その他、不登校の理由としては、本人の「特性」があります。色々な音や人の目を気にする敏感なタイプの子が多いです。さらにスマホで頭が疲れれば、ダブルパンチですよね。心配する親には「子育てが悪かったわけではない」と話します。

―発達障害が問題になっています
最近多くなっている発達障害は、社会的にもビッグワードになっています。発達障害とは、生活に支障があって、何かやるときにエネルギーを莫大に費やす人で、それは生まれ持っている「タイプ」なんです。このタイプの人たちは、イコール頭が疲れやすい人です。 コミュニケーションしにくいとか、こだわってしまう、不器用、 片付けられないなど特徴は様々です。不登校になってしまう子どもたちの多くは、何らかの発達障害があることが多いです。

発達障害には、色々な種類がありますが、クリニックで一番多いのは、自閉スペクトラム症(ASD)。人と関われず、こだわりが強いから、変化に対応できない。興味がないと何もやりたくないので、学校などの集団生活は特にしんどくなっちゃう。ADHD(注意欠如多動症)も多く、刺激に反応しやすく落ち着きがないので、怒られてばかり。

―学校の生活が大変そうです
自分のタイミングやリズムなら、燃費は悪くないのですが、学校生活は、人付き合いは多いし、変化はあるし。すぐエネルギーがなくなってしまい持ちません。個別的な教育指導が必要な児童生徒には、特別支援学級がありますが、人数が増えすぎて1学級に10人もいる学校もあり、対応できないケースも出てきました。学校現場もどうしたら良いか分からなくなっています。

―保護者や教員はどうすればいいのでしょう?
周りの保護者や特に学校の先生にはこの子たちが「疲れやすいタイプ」というのを、理解していただきたい。「疲労回復と疲労予防を考えましょう」と強調しています。疲労しにくい生活スタイルと、疲労したら速やかに回復するようにコンディションを整えること。スマホでいえば、電池がないのにアプリ動かない。「まずは充電させなきゃ」と話をする。疲れていたら寝ることです。睡眠でしか頭の疲れは取れませんから。

「いつから行けそう?」と質問することもNG。答えられないですからね。迷うことで、エネルギーを消費する。ただし、完全放置はよくないので、安心感を与える言葉をかけてほしいです。気持ち的に安全な場所を作ってあげてください。

ただ、現場の先生も、子どもと組織の板挟みになってジレンマを抱えているので、先生のメンタル相談も多いのです。

―社会にできることは?
学校に行けなくても、ここなら楽しく過ごせるという場を作ったほうがいい。群馬にもオルタナティブスクールのようなところができてきましたが、ホームスクーリングも整っている海外に比べたら全然少ない。欧米諸外国に比べ、日本は不登校後進国のような気がします。

―クリニックの他に相談窓口は?
まずは、社会的資源ともいえる公的機関に相談をすると、色々な情報がもらえます。子ども発達支援センターや児童相談所などになります。成人なら、群馬県障害者支援センターなどがあります(※左上)。相談窓口を知るのは安心材料。自治体には、もっと情報発信してほしいと思います。

生まれも育ちも群馬
―どうして精神科の医師に?
見えにくいものを見てみたい、分からない心の動きを掘り下げていきたいと精神科医になって研究を始めました。少年院では、違法薬物をやっている少年や行きずりの男性と関係を持ってしまう少女などを診察しましたが、人が罪を犯す一つの理由は、その当人に被害者的側面があることです。壮絶な家庭環境や発達障害など、色々重なっていることが分かりました。

―プライベートについて伺います
高崎生まれ、前橋在住。生まれも育ちも群馬です。群馬大学で学び、少年院で調査研究をしました。横浜の療育センターで勤務した以外は、ほぼ、オール群馬です。現在は、20歳から中1まで、女4人、男1人の5人の子どもがいて、休日は「家族一緒にやれるものを」と、皆でスノーボードに取り組んでいます。

クリニックには、患者さんが、しんどい心持ちで来院しますが、診察が終わった後は、子どもからお年寄りまでみんな、笑っている状態になるといいなと思っています。やっぱり、笑顔は世界を救うんです。それぞれの思いが尊重されて、誰もが笑って暮らせる生きやすい社会にしたいですね。

ありが・みちお/1975年高崎生まれ。1975年高崎生まれ。群馬大学大学院医学系研究科卒。少年院での調査研究に従事。高崎の国立重度知的障害者総合施設のぞみの園診療所所長、横浜市東部地域療育センター所長などを経て、2020年から桐の木クリニック(安中市)院長。群馬県特別支援教育スーパーヴァイズ。心と身体の健康や発達障害の支援に取りくむ。医学博士。

桐の木クリニック
https://www.kirinoki-clinic.com/

※国や自治体が設置しているこころの相談窓口やHP
■群馬県発達障害者支援センター(前橋市新前橋町)
027-254-5380
■群馬県総合教育センター(伊勢崎市今泉町)
・子ども教育相談室 0270-26-9200
■群馬県こころの健康センター(前橋市野中町)
・代表027-263-1166
・電話相談ダイヤル 027-263-1156
■自治体によるこども発達支援センター
・前橋市こども発達支援センター 027-220-5707
・高崎市こども発達支援センター 027-321-1351
・伊勢崎市こども発達支援センター 0270-32-7748
・桐生市子育て相談課子育て相談係 0277-43-2000
・太田市こども発達支援センターにじいろ 0276-55-2148
・安中市ことばと発達相談室(就学前児童のみ)027-345-3015 ※火・木・金曜
・渋川市こども発達相談室 0279-25-7274
■各児童相談所
・中央児童相談所 027-261-1000 ・北部児童相談所 0279-20-1010
・西部児童相談所 027-322-2498 ・東部児童相談所 0276-57-6111
■その他HP
・冊子「発達障害支援の理解と支援のための基本ガイド」
https://www.pref.gunma.jp/page/19789.html
・発達障害情報・支援センター(国立障害者リハビリテーションセンター)
http://www.rehab.go.jp/ddis/

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