身近にある美しいモノに触れ、心緩めて

「市収蔵作品展2020:1×1+1=ワン・バイ・ワン・プラス・ワン」

当館が臨時休館に入ったのは4月18日のことです。それから、5月31日まで休館の札を下げたまま、いつ再開できるのかと心待ちにしていました。現在、企画展示室では「市収蔵作品展2020:1×1+1=ワン・バイ・ワン・プラス・ワン」を開催しています。

実はこの展示…4月8日~同26日に開催する予定の「渋川市民美術展」が中止になったのを受け、4月上旬に展示を完成させていました。何らかの災害や緊急事態が起こった時、美術にも何かできないか……と思うものの、「美術は無力なのか」と感じることが多くあります。その反面、音楽はいつでも人の心を支えていると感じさせられてきました。

とはいえ、今回の感染拡大防止対策において「3密をさける」と提示された時、少しは美術にも役に立てることがあるのかもしれないと思ったのです。実際に体感する鑑賞方法でいうと、音楽におけるライブやコンサートは中止を余儀なくされています。一方、美術鑑賞は外出自粛前も、休業要請解除後も比較的〝3密〟をさけられるとされています。密閉空間でもなく、人が密集・密接もせず、作品を鑑賞することも可能である、その行為自体を伝えられないかと思い、今回の展示を企画しました。会場には収蔵作品から選んだ7点を一区画に1点展示し、それぞれの空間に椅子を置いて、ゆったりと距離を広くとって観賞して頂けるようにしました。

それでは2点ほど紹介します。1点目は、茂木秀月(1930~2013年)さんの《夕辺》。茂木さんは、敷島村(現在の渋川市赤城町)に生まれた日本画家です。《夕辺》は当館の前の道を東に下り、国道17号を越え大正橋を渡り北橘町方面に右折した辺りから渋川の街を見た風景です。多くの煙突が煙を出す様子が描かれており、当時の街なみを特徴的に捉えています。今では見られなくなった景色ですが、1970~80年代頃と推測されます。今でも北橘町側に梁がありますが、現在90歳前後になる世代の方から子どもの頃、「風流な鮎の梁に、工場の煙突は何とも風情がない」などと聞かされたものです。茂木さんの作品を観た時、その言葉を思い出し懐かしさを覚えました。

茂木秀月《夕辺》

もう1点は小林裕児(1948年東京生まれ)さんの《ヴィーナスの誕生》。テンペラ技法を自身のものにしつつ、次の展開を試行錯誤していた90年頃の作品です。人類学、民俗学、考古学など多方面に興味を広げたことで独特の世界観を構築しました。そこに描かれた世界は小林の空想と、どこかで見たことのある現実を行ったり来たり…と不思議な時間を体感させてくれます。

小林裕児《ヴィーナスの誕生》など、椅子に座って展示作品が楽しめる

1つの作品を1つの空間で1人で鑑賞する「1×1+1=」。答えはひとつではありませんが、何かの答えにつながるきっかけになればと思っています。身近にある美しいモノに触れ、作品に触れ、そして心を緩め、心を豊かに…。緊張を強いられる毎日のふとした一瞬に、美術館へお出かけください。くれぐれも検温、除菌、マスク着用などの感染拡大防止対策はお忘れなく。

 

渋川市美術館・桑原巨守彫刻美術館 学芸員
須田 真理さん

女子美術大学大学院修了。00年12月開館の渋川市美術館・桑原巨守彫刻美術館開設準備から携わる。現在、常設展や企画展などを担当

■渋川市美術館(同市渋川1901・24)■0279・25・3215■入場無料■7月26日まで■午前10~午後6時(入館は午後5時半まで)■火曜休館(祝日の場合はその翌日)

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