写真家 石内 都 さん

石内 都 さん
「桐生って栄枯盛衰があちこち落ちていて面白いのよ。桐生の街を撮った作品はいずれ、地元の大川美術館で発表しようと思っています」と笑う石内さん=桐生の自宅兼アトリエ

「表面の奥にあるもの、目に見えないものを写真は写してくれる。だから面白いんですよ」

少女時代に過ごした横須賀の街を、強い陰影でとらえた写真で鮮烈なデビューを果たす。母親の遺品や身体の傷跡、広島で被爆した人たちの衣服を撮った作品で知られる。写真界のノーベル賞と言われるハッセルブラッド国際写真賞をアジア女性として初めて受賞。世界的に高い評価を得る。現在、奈良で個展が開催され、群馬県立近代美術館の常設展でも「INNOCENCE」2点が展示されている。国内外の美術館や画廊から次々とオファーが舞い込み、今秋から来年にかけてアメリカで、ライフワークとして撮り続けている「ひろしま」シリーズや新作を発表。70歳を超えた今もその勢いはとどまるところを知らない。2017年にデビュー40周年を迎え、節目となる翌年1月に横浜から桐生にアトリエを移した日本女性写真家のパイオニアに、写真や桐生への思いを聞いた。

【作品も群馬ときちっと縁が結べた】

Q現在、奈良で個展が開かれています

「ひろしま」の新作や桐生織塾の銘仙を撮影した「絹の夢」など約50点を発表しています。なかにはファッションデザイナー・リック・オウエンスの父親の遺品もありますが、それは米軍兵士として来日した際、彼が購入した着物。今展の出品作の裏には日米の戦後史が詰まっているのです。

ー 「ひろしま」シリーズが全国で初めて公立美術館のアーツ前橋に収蔵され今春、同館で展示されました アーツ前橋の決断に感謝しています。理念を持って運営されている館に収蔵され本当に嬉しい。桐生に移った後に決まったことで、作品も群馬ときちっと縁が結べたことは私にとって大きな意味があります。

Q「ひろしま」を撮り続けています

07年から撮影していますが毎年、遺品に引き寄せられるように広島へ行っています。今秋、ニューヨークで「ひろしま」を展示しますが基本的に「ひろしま」関連の仕事は全て受けます。そういう責任の取り方しかできないですから。

【闇の奥に隠れているものに興味がある】

Qなぜ、写真という表現媒体を選んだのでしょう

歴史が浅いから、どう表現しても自由。「これが写真」なんてものはない。私は独学だったから自分で考えてやってこれたのも良かったですね。

Q「ひろしま」に限らず基地の街や母親の遺品など一見、ネガティブに思えるものを撮影しています

例えば日なたと日陰、どっちが好きといったら日陰。日なたは意識しなくても見えるけど、日陰は目を凝らさないと何も見えない。闇の奥に隠れているものや見えにくいものに興味があって、それは一貫して変わらないですね。

Q撮影で大切にしていることは

写真は基本、記録であり表面しか撮れないけれど、私は「その向こう側」を写そうとしています。情報ではなく私が見た横須賀や広島を私的な距離感でとらえ、そこにいた人たちの記憶や蓄積した時間を意識しています。実際、表面の奥にあるもの、目に見えないものを写真は写してくれる。だから面白いんですよ。

【よそ者の視点と距離感を大切に】

Q昨年、桐生にアトリエを構えました

故郷に帰ってきたという感傷的な気持ちは全くないんです。どこかへ越したいと思っていたら、たまたまここになった。自分でもびっくりです。

Q住み心地はどうですか

仕事上、東京にも家があるので桐生で過ごすのは主に週末。横浜の時は近所付き合いは全くなかったけれど、こっちに来たら色んな人と関わるようになりました。留守にすると郵便物を取ってくれたり庭木に水をあげてくれたり、親切にしてもらっています。ただ、あくまでも自分は「よそ者」。その視点と距離感を大切にしながら、この街と付き合っていきたいですね。

Qこの街の魅力は

栄枯盛衰があちこちに落っこっていて文化度も凄く高い。私がこの街に引き寄せられた一つに、テキスタイルプランナーの新井淳一氏と大川美術館創設者の大川栄二氏の存在があります。超個性的な人物を2人も輩出する桐生って何だろうと。この街の底力や在り方が独特で興味深いですね。

Q桐生に来て撮ったものは

デビュー前も桐生の遊郭跡などを撮っていましたが、その延長線で廃れた飲み屋街などを撮っています。撮るか分かりませんが最近、気になっているのは梅田の奥にあるミツマタ群生地。荒れ果てた山林を浸食するように咲き誇るミツマタの花は華麗で不気味なのよ。もう一つは足尾銅山。奥の奥にはまだ、とんでもないところがあるらしいから一度、ちゃんと見てみたいです。

【モットーは「贅沢と我が儘」】

Q趣味を教えて下さい

料理。桐生はお肉屋さんが多くて扱う種類も豊富。しかも新鮮で安くて美味しい。だから肉料理にハマっちゃって。スペアリブやリエットなど豚肉料理に挑戦しています。食べた人が喜んでくれるから張り合いがありますね。

Q健康のために取り入れていることは

食べ物は毒にも薬にもなるので気を付けています。桐生に来て良かったのは小売店が多く、色んな食材に出会えること。都会に住んでいると忘れがちですが、それぞれ旬があり味も違ことを教えてくれる。色んな発見があって楽しいですね。あと、お店でも駅でも歩きか自転車で行くようにしています。まあ、車がないからですけどね(笑)。

Qこれからやりたいことは

最近、国定忠治のお墓参りをしたのですが、群馬では忠治の忠の字もないことに仰天しちゃって。何て勿体ないんだと。忠治もさることながら、彼を支えた3人の女のうちの一人、お徳さんの生き様も半端なくカッコいいのよ。だから、私は忠治とお徳さんを復活させたいと目論んでいます。

Q人生のモットーは

「我が儘と贅沢」。今までどっちもしてこなかったから(笑)。自由は基本。その上で自分のことをちゃんと考えようと思っています。贅沢といっても高価なものを買う訳じゃない。例えば手袋。日本人はあまりしないけれど私は一年中しています。自分の気に入ったものを身に付ける。日々の中でちょっとしたことだけど凄く贅沢なことをしていきたい。残された時間がそうある訳じゃないから、無駄なことはしないし余計なものはそぎ落していきたいですね。

Q豊かに生きるには

今まで付き合う人から学ぶことが多く、本をあまり読んでこなかったけれど桐生に来てから読書に目覚めちゃって(笑)。本の楽しさを知り人生がより豊かになりました。自分がどう生きてきたか、また今まで考えてきたことを確認できるところも良いですよ。私もそうですが生きていく上で不安を感じる人も多いと思うので、そんな時は読書をおすすめします。歳を取ることは知らないことを知ること。長いこと生きてきても、知らないことが山ほどあるから本をいっぱい読まなきゃ。ぼっとしてられない。チコちゃんに叱られちゃうからね(笑)。

文・撮影 中島美江子

いしうち・みやこ/47年桐生生まれ。6歳から横須賀市で育つ。多摩美大で染織を学び、写真は20代で独学で始めた。79年女性写真家として初めて木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年、母親の遺品を撮影した「mother’s」でベネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。2007年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」は国際的に高い評価を得ている。2014年、ハッセルブラッド国際写真賞受賞。デビュー40周年を迎えた2017年、横浜美術館で大規模個展を開催。2018年、桐生にアトリエを移す。

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