紙で読むことの良さは何か 群馬大学情報学部教授 柴田 博仁さん

群馬大学情報学部教授
柴田 博仁さん

―紙とデジタルの使い分け―

「前橋に住み始めて2年、街が好きになって来ました」と話す柴田教授(群大荒牧キャンパス)

専門はIT分野
―そもそも、なぜ、デジタルと紙に興味を?
元々は人間の知的作業をコンピューターで支援したかったので、紙と鉛筆に注目しました。紙も鉛筆も人間の能力を増強しています。読むためのデジタル環境は、どうあるべきなのかを考えたいですね。

専門はIT分野ですが、紙の良さを知る研究をしたいと、10年間さまざまな実験を実施して、紙のメリットを研究してきました。最近では、持っていた本を全部裁断してスキャンし、デジタルにして、1年以上読書を続ける実験をして、ますます、紙の良さを科学の力で明らかにしたいと思いました。

紙の良さとは「操作性」
―紙とデジタルとの違いは?
例えば、紙の文書を斜めに傾けたり、紙を指でなぞったり、手で紙を操作して読みます。紙は、ハンドリング性において抜群にいいのです。

一方、デジタルは実体がない。実体がないものを扱いやすくするために、アイコンを作ったり、いろいろ工夫をしますが、なかなか難しい。やっぱり、人は、物に対する操作に慣れ親しんでいることが良く分かります。三次元の物理空間で物を動かせることが、生きていくための必須要件なんです。

紙原稿を校正―紙の良さは?
結論から言うと、「手で触れることができること」です。

皆さんよく、「紙で読みたい」と言います。理由は、「目に優しい」と。ところが、紙で読んでもディスプレイで読んでも、読むスピードには、ほとんど違いは見られません。理解度テストをやっても違いがないのです。実験をすると、人は文章を目だけではなく、手で読んでいることが分かりました。

手を使う頻度が増えれば増えるほど、紙の良さが分かります。紙は「表示メディア」というより、「操作メディア」と言えます。子どものころからの遊びを通して、人は物を持ったり、動かしたりしています。しかもそうした操作にほとんど脳を使うことが無いのです。

情報は、形が無く触ることもできません。印刷することによって情報に実体を持たせることができるのです。情報という本来、手で扱えないものを、紙は扱えるようにする。これが紙の役割です。

―「紙の操作性の良さ」の例は?
ページをめくる例えば、まず書籍の目次を見て、読みたいページに移動します。「あれっ、このページではない。もう一度、目次に戻ろう」となったとき、ページに自然に指を挟みませんか?そうすることで、目次にすぐ戻れます。

この実験を試みたところ、18人中18人全員が無意識に指を挿入していました。意識せずに、皆、指を挟んでいるんです。「もっと前だったかな?」と言いながら、ページをパラパラパラとめくっても、元のページにすぐに戻れます。操作に負荷がかからないので、思考したいことは継続できます。

―デジタル教科書の研究もしているとか
デジタルを推進するGIGAスクール構想は、2年後に導入が検討され、デジタル教科書についても、政府で議論されていますが、何でもデジタルにするのは、危険だと考えています。書いてある内容が同じだから、学習効果も同じだろうという予測の下に行っている。一番大事な学習効果が、議論されていないのが気になっています。

紙とデジタルを使い分け

―デジタルの出現によって読み方は変わりましたか
ウェブで膨大な情報が手に入るようになったことにより、人が深い読みをしなくなったといわれます。ジャーナリストのカーも、ウェブ作業の中で、しっかり腰を据えて深い読みが出来なくなったということを著書で自白しています。

長い人類の歴史の中で、培ってきた「深い読みをする」能力を手放してしまってはいけません。深い読みができるハードウェアとでもいうべき脳の構造は、子どもの頃に作っておかないと、大人になってからでは、いくら頑張っても作ることはできません。浅い読みは後付けでもできるのです。

―新聞についてどう思いますか
新聞は、情報表示をするメディアとして進化してきましたが、デジタルは、配信や検索も得意、ストックしても場所を取らず、蓄積も容易で、物理的な実体のメディアがいくら頑張っても越えられない壁を超えます。記事を全て紙で読むのが適切か、デジタルで読むのが適切か区分けして、必要なものを紙で提供すればいい。紙の価値を知った上で、この新聞をデザインしていますというスタンスを世の中に出して欲しいです。いずれにしても、万能な技術は存在しません。利点を活用していくということです。

 

―紙とデジタルはどちらが良い?
「紙か?デジタルか?」と、単純化して考えがちですが、「全部デジタルにしよう」「全部紙の方がいい」というのは、無理

紙とデジタルの使い分け

があります。

紙には紙の良さがあり、デジタルにはデジタルの良さがあります。最終的に考えたいのは、紙とデジタルの使い分けです。お互い良い点があるのだから、うまく使い分け、最適なところで最適な道具として使えればいいですね。

―今後の夢はありますか?
前橋を「読書のまち」にするのが私の夢です。長居できるカフェやベンチで読書することをありふれた風景にしたいのです。人が楽しむための新たな読み方を進めたいと構想を練っています。医療費を少し削って、図書館に投資できたらいいですね。
(文・写真  谷 桂)

しばたひろひと/1968年秋田県生まれ。大阪大学大学院(数学)終了後、富士ゼロックス(現:富士フイルムビジネスイノベーション)入社。東京大学大学院工学終了(博士)。2020年から群馬大学情報学部教授。専門はコンピューター科学と認知科学。著書に「ペーパーレス時代の紙の価値を知る・読み書きメディアの認知科学」(大村賢悟共著・産業能率大学出版部)など。

■オンライン講演会「読み書きメディアの認知科学 ~未来の読書と図書館を考える~」 
3月3日、午後2時~

3月3日、柴田博仁教授を講師に、デジタルと紙の読み書きの違いを認知科学から考える一般向けオンライン講演会(主催・群馬県大学図書館協議会と群馬県図書館協会)を行う。午後2~4時まで。参加無料。ウェブ会議ツール(ZOOM)を利用したオンライン形式。、3月1日までに申し込む。https://www.media.gunma-u.ac.jp/から。問い合わせは、群馬大学総合情報メディアセンター中央図書館(027-220-7180)。

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