コレクション展から“特別な場所”へ思いを馳せる

「境界線、そして交差する点へ
―アーツ前橋コレクションから考えるコスモポリタニズム― 」

森亮太の彫刻《ハーモニー》が迎える会場風景

アーツ前橋では、「移動」や「旅」をキーワードとしたコレクション展を開催しています。美術史的な区分にとらわれずに当館のコレクションをご覧いただきたいと考え、前橋を起点に、地域や国境、現実と空想の垣根を超えて生み出された17作家の作品を3つの章立てで紹介しています。

見どころは、東宮不二夫の《黒い鳥》《何処へI》。現実離れした幻想的な空間に、鳥や石といった画家が好んだモティーフが描かれています。どことなく不穏な雰囲気を感じる画面からは、前橋から移り住んだ満州で召集され迎えた敗戦の記憶と、それに続くシベリア抑留という青年期の苦しい体験が重ねられています。

前橋の馬場川沿いにアトリエを構えていた南城一夫の《描く人(自画像)》は、当館メンバーシップ会員証のデザインでご存知の方も多いかもしれません。12年間に渡るパリ留学から故郷・前橋へ戻った時代の作品です。パリ留学の頃に描かれた《人形のある静物》と比べると、作風の変化を感じることができます。

そのほか、赤城山の桑の木を農夫に見立てた田中恒の《農相(青)》や、群馬大学で美術教育に力を注いだ清水刀根が描き留めたパリの街角風景、広瀬川沿いの絵画教室「ラ・ボンヌ」で知られる近藤嘉男の《分有の鳥》など、前橋に馴染み深い作品を中心に、地域作家の厚みを感じられる構成を心掛けました。

展示室では、当館が取り組んできた多文化共生プログラム「イミグラジオ アーツ前橋多文化放送局」もご視聴いただけます。前橋近郊に暮らすベトナム・コミュニティにスポットを当て、同じ地域に住みながら、これまで関わり合いが少なかった関係性を繋げようとする試みです。

こうした日常から非日常への越境体験により生み出された作品・資料からは、〝すべての人間は地域や国、人種にかかわらず、人類というひとつの共同体に属している〟というコスモポリタニズムの風を感じ取ることができるのではないでしょうか。私たちの視点そのものを絶えず新しくすることで、一人ひとりにとって特別な意味を持つ場所へ思いを馳せる機会となれば幸いです。

なお、関連イベントとしてファミリーツアー「はじめまして びじゅつかん」を毎月1回開催しているほか、コラボレーション・デザートも併設カフェにて提供します。こうした取り組みを通して当館がより一層、地域の方々にとって知的好奇心をくすぐる場となることを願っています。

アーツ前橋 学芸員
新井 陽子 さん

女子美術大学大学院美術研究科修了。メキシコ国立自治大学サン・カルロス美術学校ディプロマ取得。神奈川県立近代美術館、横須賀美術館を経て、外務省在外研修生としてMuseo de Arte Carrillo Gilに在籍。2020年より現職

アーツ前橋(前橋市千代田町5-1-16)■027-230-1144■7月18日(月・祝)まで ■午前10時~午後6時(入場は午後5時半まで)■水曜休館■入場無料■イベント詳細・申込はHPまで

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