首相と小説家 [なりふり構わぬ迷走の末、菅義偉首相が…]

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なりふり構わぬ迷走の末、菅義偉首相が自民党総裁選への立候補を断念しました。事実上の退陣表明です。理由は「コロナ対策に専念するため」。

この期に及んで、最高責任者の言葉としてはあまりに空疎では。自宅療養中に亡くなる感染者が続出する国難の中、言論の府たる国会は6月から閉じたままです。

東京五輪の開幕直前、国際オリンピック委員会(IOC)の総会でのあいさつもずれていました。「感染拡大は世界中で一進一退を繰り返しているが、医療関係者の懸命の努力でワクチン接種も始まり、長いトンネルにようやく出口が見え始めている」。

「もしね、出口が本当に見えていたんだとしたら、菅さんはお年の割にすごく視力がいいんでしょうね」。そう皮肉ったのは作家の村上春樹さん(72)です。DJを務めるラジオ番組で「僕はね、菅さんと同い年だけど、出口なんて全然見えていません」と声を上げました。「この人、聞く耳をあまり持たないみたいだけど、目だけはいいのかもしれない。あるいは見たいものだけ見ているのかもしれない」。

7年8カ月間の官房長官時代から、安倍前政権下の数々の疑惑を「指摘は当たりません」とはぐらかし、多くの人に無力感を味わわせてきた菅首相。官僚の作文の棒読みを繰り返すかと思えば、「明かりははっきり見えている」と強調するなど、的外れで共感できない発言ばかり。世界中の老若男女を言葉で魅了し続ける大作家と、去りゆく宰相が同学年だと知ると、なんだか切なさもひとしおです。

(朝日新聞社前橋総局長 本田 直人)

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